2015年12月19日

煤(すす)はきて 心の煤は かえり見ず


 この句は、松尾芭蕉門下の俳人・越智越人(おちえつじん)が七十五歳を迎えた新年の作で、前夜の除夜の感想を吟(ぎん)じた句です。

 歳(とし)の瀬にあたり家の内外の清掃は隈(くま)なくきれいにしたが、いちばん肝心な心の煤はらいを怠って正月を迎えた実感を吟じたものです。だれしも共感を覚えましょう。

 台所は煤(すす)けなくなっても、心の煤のたまることは昔も今も変わりません。むしろ昔より今の方が、心の煤の質は多様になり、量も多くなったのではないでしょうか。暮の大掃除をしながら、この句を杖言葉にする必要があります。
(『松原泰道 きょうの杖言葉 一日一言』より抜粋)



 
posted by 正翁寺 at 09:01| 日記