2017年01月01日

浄(きよ)く 正しく 堂堂と 

 皆さま新年を迎え、新たな気持ちが湧いていることでしょう。どのような目標や願いを掲げましたでしょうか。

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 さて、お釈迦さまの教えに、「善(よ)いことをし、悪(わる)いことをせず、心を浄(きよ)めていくこと、これが過去のお悟りを開かれた仏さま方の教えである」とあります。これは平成28年10月にもご紹介しました。
 
 善いことをして、悪いことをしないということぐらい、小さい子でも分かることです。しかし、ポイントは、「心を浄(きよ)めていくこと」です。私たちは、何の戒め(いましめ)もなく生活していては、欲望という汚れが少しずつ心に付着し蓄積していきます。

 それを取り払うプロセスが、お釈迦さまから伝わる八正道(はっしょうどう)です。八正道は、八つの聖なる道といわれることから、八聖道(はっしょうどう)と表されることもあります。

 @正見 …適正な見解
 A正思 …適正な分別
 B正語 …適正な言葉
 C正業 …適正な行為
 D正命 …適正な生活
 E正精進…適正な努力
 F正念 …適正な心構え
 G正定 …適正な心の統一

 すべてに「正」が付き、すべての訳に「適正な」とあります。お釈迦さまの教えの原点は、「中道(ちゅうどう)」といって、欲望のおもむくままの快楽主義でもなく、不眠、不休で断食(だんじき)するような苦しい修行でもなく、両極端を離れます。

 それからよく勘違いされるのは、お釈迦さまの教えは、欲望を無くすのではありません。例えば、金銭欲がなくなってしまったら、働く意欲が湧いてきませんし、経済は止まってしまいます。性欲がなくなれば、子孫が繁栄しなくなります。名誉欲がなくなれば、組織を善い方へ導くリーダーが出てこなくなります。

 お釈迦さまの教えは、離欲(りよく)といって、欲に依存したり執着するのではなく、欲との適正な距離を保ちます。欲望を程々に、適正に制御(コントロール)しましょうね。というものなのです。

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 さて、八正道(はっしょうどう)を例に挙げますと、坐禅(ざぜん)は、姿勢を調えて、呼吸を調えて、ぐちゃぐちゃした心を統一させる「G正定(しょうじょう)」に当たります。また、生き物をむやみに殺さない、与えられていないものを盗まないといった教えは「C正業(しょうごう)」に当たり、嘘を言わない、他人をけなさないといった教えは「B正語(しょうご)」に当たります。
 
 また、不眠不休で働き続けることは、D適正な生活とはいえませんし、E適正な努力ともいえません。また、誰かの幸せを聞いたとき、喜びよりもねたんでしまう心は、F適正な心構えとはいえません。

 この八正道に当てはめた苦でもなく楽でもない、中道の日常生活が、心に付着するゴミを浄化し、浄(きよ)らかな仏の心が少しずつ磨き現れてきます。

 心というフィルターを通して、見たり感じたりする私たちは、浄らかな心が現れることで、@安らかで、楽しく自由な世界が広がっていくことでしょう。

 しかし、安らいだ心でさえも、気圧の関係や、二日酔いなどで、人の心は日々変化しています。そんなときでも八正道を知っていれば、大きく外れそうな心を、正常な座標軸に近づけておくこともできます。

 紛争や食料難などがない平穏な日本に住む私たちは、八正道の日常生活に自分を当てはめて、善く自分を調えていって下さい。自分が持つ生命機能を上向きにさせて下さい。

 ゲームやスマートフォンとの程よい距離を保ち、適正な日常生活を心がける。そうして心を浄らかにし、堂堂と世界を引っ張っていく。それくらいの大きな気概を持っていきたいものです。

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最後に、女優の綾瀬はるかさんは、NHKのおはよう日本でこのような目標を掲げていました。

 「まあるい心」

 忙しくなったりすると、とがった心になってしまうそうですが、いかがでしょうか。

 浄(きよ)く、正しく、堂堂と、まあるい心で、日常生活を歩んでまいりましょう。本年もよろしくお願いします。


 
posted by 正翁寺 at 17:46| 日記