2015年08月21日
ひとの生を うるはかたく やがて死すべきものの いま生命(いのち)あるは有難し(ありがたし)
ひとの生を うるはかたく
やがて死すべきものの
いま生命(いのち)あるはありがたし
正法(みのり)を 耳にするはかたく
諸仏(みほとけ)の 世に出づるも ありがたし
(『法句経(ほっくきょう)』182番)
2500年前、お釈迦さまは「ものはみな縁起している」と悟られました。何の原因も条件もなく、突然に出現したものはありません。
例えば、ひまわりの花は、無条件では咲きません。種に土や水、太陽の光、あるいは人の愛情などが加わることによって、芽を出し花を咲かせる。
また、何もない青空に、様々な気象条件が加わることによって、雨雲となり、雨を降らせる。山に降りそそいだ雨は、低い方へ流れ集まって川となる。そして川の水を引いて作物を育て、やがて収穫し、流通し、購入し、調理されて、私の口に入る。そして命をつないでいく。
そして、命と命が出会い、新たな生命が生まれる。
私一人を生かしている背景に、木一本育てる背景に、全地球、全宇宙のはたらきがある。その生命の尊さに目覚めよ、というのが縁起の教えです。この世のすべてのものは、支え合い、依存し合って、助け合っています。
その尊さを教えて下さる教えに出会わなければ、私たちは気づくことはできない。ありのままの真っすぐな教え(=正法)を耳にすることは有り難く、希(ま)れであります。
(参考:『みちしるべ〜正見〜』青山俊董)
posted by 正翁寺 at 10:46| 日記