2016年01月16日

何も咲かない冬の日は、下へ下へと根を伸ばせ

 努力には二種類ある。一つは、「直接の努力」、もう一つは「間接の努力」。これは、百年に一人の頭脳といわれた、幸田露伴(こうだろはん)のことばです。

 「直接の努力」とは、目の前の目標に全力を尽くすことであり、「間接の努力」とは、準備の努力であり、自分の基礎となり、源泉となる努力であります。
 努力をしてもよい結果につながらないのは、努力の「方向」が悪かったか、「間接の努力」が足りないからだというのが露伴の考えです。

 野球でバッティングやピッチングの練習に励むのは「直接の努力」です。これに対し、ランニングやストレッチ、ウエートトレーニングなどは「間接の努力」といえ、さらに、食事に配慮し、生活習慣を怠らないのはさらなる「間接の努力」といえます。

 さらには、道具を大切にし、相手を思いやり、関係する人に感謝をするなど、さらなる「間接の努力」といえるでしょう。さらには、日常生活のなかで姿勢を正し、呼吸を調えて、生き物をむやみに殺さない、とか、嘘をつかない、とか、自分を誇示し他人をけなさないなどは、自分を磨く「間接の努力」といえるでしょう。

 現代は、便利さ、速さ、享楽性といったことばかりを追求して、「間接の努力」を忘れているように思います。それに対して、厚み、奥行き、重厚さ、といったものは、「間接の努力」によらなければ育むことはできません。

 間接の努力とは、自分の根本を伸ばしていく努力です。 
 
 たとえ知識や技術を磨いても、気持ちがどっしりとしていないと、よい結果につながらなかったり、選択を誤ったりします。しかし、知識や技術が多少おとっていても、厚みが出てきた人は、転職をしようとも、子育てをしようとも、学校が変わろうとも、やがて花を咲かせることでしょう。

 何も咲かない冬の日をすごしたことで、かえって大輪の花を咲かせた人はたくさんいます。



posted by 正翁寺 at 13:21| 日記