2018年07月13日

ご先祖あっての私、地球環境あってのご先祖、奇跡の連続あっての地球環境

 命に関わるほどの暑い日が続いていますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

 さて、約2500年前に仏教を起こされた、お釈迦さまの教えの基本は、「縁起(えんぎ)」です。

 一般的に縁起とは、「ものごとの吉凶の前兆」や「起源、由来」を意味しますが、仏教的な意味合い、つまりお釈迦さまが覚(さと)られた「縁起」は、これとは違います。

 それは、『一切のものは(精神的なはたらきを含む)様々な「因(いん)」(=原因)と「縁(えん)」(=条件)によって生(しょう)じるという法則です。

 例えば、袋に入ったヒマワリの種があるとします。このヒマワリの種という「因(いん)」は、このままでは、もちろん花は咲きませんね。様々な「縁(えん)」という、条件を加えることで、ようやっと花を咲かせることができます。

 それにはどういったものが必要でしょうか。土や水、太陽が必要ですね。さらには、ヒマワリを大切に想う人の愛情も加えておきましょう。

 ◎IMG_1874.JPG

 皆さんが今着ている服も、タイムカプセルに入れて巻き戻してみますと、多くの条件(=縁)が加わっていることが分かることでしょう。この縁起の法則は、物ばかりではなく、私たちの命にも当てはまります。

 それは、縦の線(過去からの様々な条件)と、横の線(今受けている様々な条件)の交わるところに、今の私がいます。

 縦の線を知るには、「今の自分には、過去からのどのような条件が加わってきたのかを考えてみます。」親や先生、友達などたくさんの方々に助けられたり、教わってきたことでしょう。
 
 さらに過去にさかのぼっていくと、もしもあの日あの時あの場所で、あのご先祖様が出会っていなければ、私の今の一呼吸、一鼓動はありません。さらにさかのぼると、地球が何十億年と育んできたことも、いまの私の条件として、はずすことはできません。
 
 「地球カレンダー」というものを知っていますか。地球の誕生から現在までの46億年という途方もない年月を、1年365日で表しているものです。

 ここで問題です。「人類が誕生するのは、何月何日頃でしょうか。」 

 ・1月1日  地球誕生。無数の微惑星が合体と衝突を繰り返しながら原始地球となる。
 ・1月12日 原始地球に天体が偶然衝突し、地球と月が偶然分離する。
 ・2月9日  地殻がほぼ固まってきて、陸と海が生まれる。
 ・2月25日 最初の原始生命が誕生
 ・5月31日 光合成を行う藻が登場し、酸素の放出を始める。
 ・7月18日 大気中の酸素が増えてくる
 ・11月14日オゾン層が形成され、有害な紫外線をさえぎるようになる。
 ・11月20日魚類の出現
 ・11月28日植物が陸へ上がる。節足動物が陸へ上がる。
 ・12月13日恐竜時代が始まる。
 ・12月19日鳥類の出現。
 ・12月26日巨大隕石が偶然激突して恐竜が絶滅。
 ・12月31日23時37分現生人類(ホモ・サピエンス)誕生。
         23時58分52秒農耕牧畜が始まる。
         23時59分46秒キリスト生誕。
             56秒ルネッサンス。
             58秒産業革命。
             59秒20世紀が始まり終わる。
(『参考:地球カレンダー 46億年の歴史を1年で見る・21世紀の歩き方大研究』)

IMG_6375.JPG

 人類の出現は、12月の中旬頃と予測しましたが、とんでもない。大晦日になっても人類は出現せず、お昼を回っても出現せず、紅白が始まっても出でこない。番組が終わる頃ようやっと現れます。地球の歴史からすると、私たちの人生は一瞬のまばたきの如くですね。 

 何人ものご先祖様が必死に生きてつないできた命が私であり、そのご先祖様がたも、平穏な地球環境がなければ出現しなかったわけです。その地球環境も奇跡の連続で酸素が満ち、オゾン層が形成され、人類が出現する。

 宇宙の惑星の中で、水や緑が生まれることが奇跡的ならば、雑草一本生えてくることも本当に奇跡的な出来事。ましてや私が生まれてくることなんて、この上なく奇跡的なことであります。その私たちにとって切っても切れない母なる地球は、私たちの根っこ、つまり母体です。
 
 この母体なくして、企業業績が好調になろうとも、この母体なくして人類が宇宙に進出しようとも、この母体なくして、差別や戦争がなくなったとしても、誰一人として心から幸せだなあと言える人はいないでしょう。

 地球が平穏となるには産業革命以前に戻らなければならないそうですが、そんなことは現実的ではありません。産業革命以前の生活水準から今に至る物質的な発展を、心より敬い、感謝して、そして足ることを知って満足していくことが、地球平穏化への第一歩ではないでしょうか。

 IMG_8337.JPG

 もっともっとではなく、「エアコンの電源を入れさせていただく」「風呂の追いだきのボタンを押させていただく」「日が暮れたにもかかわらず、明るくして過ごさせていただく」すべてのことにエネルギーが使われていることは、まぎれもない事実です。これからの時代、こういった「因果関係を理解した謙虚さ」が求められるのではないでしょうか。
 
 奇跡的な地球環境があって、ご先祖が必死に命をつなぎ、私がいる。お金や車、エネルギーという果実も大事ですが、本当に大事なのは、見えない「根っこ」の部分です。

 



 
posted by 正翁寺 at 19:06| 日記