2012年03月03日

禅の友3月号

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特集「きく」P,2
 「聞く」という動作には、ただ単に言葉として聞くだけではなく、相手と向き合うことも含まれている。また、相手の行動から何を考えているかを推察することも同時に行う。これは、心で聞いているのである。
 このように、相手の言葉だけでなく、相手の表情や身ぶりで相手の思いを正しく汲み取ることが、聞くということである。そして、相手をよりよく知るためには、時間をかけて、真摯に相手の言おうとすることを理解することが大切なのではないだろうか。人は相手(他者)との交わりを通じて自己を形成し、やがて個性豊かな大人へと育っていく。

「身のまわりにあるもの」青木千恵(P,12)
 福島第一原発事故の発生以来、石油や原子力に頼らない、再生可能エネルギーへの期待が高まっている。太陽光、風力など再生可能エネルギーには様々な種類があり、「雪」もそのひとつ。
 冬の積雪や氷を洞窟などに移し、貯えておく仕組みは「氷室」と呼ばれ、古くから利用されてきた。『日本書紀』には「氷室」についての記述があり、寒冷地では雪の下に食材を貯蔵する知恵が伝わる。
 現代の「氷室」は「雪氷熱エネルギー」などと言われ、実用が広がっている。この源は、自然からもたらされる雪と氷だ。純国産であり、一定量の雪が降る限り枯渇しない。二酸化炭素の排出量が少なく、地球温暖化の防止に役立つ。さらに雪や氷には塵や埃を取り除く効果や、ホルムアルデヒドなど水溶性の化学物質や湿気を吸着する効果がある。
 日本の国土の6割が積雪寒冷地だ。雪氷熱エネルギーは、身のまわりにあるものを見直し、知恵を働かせて役立てる営みといえる。かつての「氷室」のように、暮らし方に伴って生まれる価値はないだろうか。

大本山永平寺「啓蟄」(P,30)
 寒気は続きますが、日差しが真冬のそれとは違い、穏やかな気候の到来を予感させるようになりました。
 さて、二十四節気のひとつである「啓蟄」とは寒さの緩みを感知した虫が這い出す時期のこと。3月5日がそれに当たります。先人の繊細な表現には時に驚かされますが、確かにこの時期は虫が活動を開始するのです。残雪のため見つけづらいのですが、自然の営みに順応している虫には一考させられます。
 
posted by 正翁寺 at 14:24| 日記

2012年01月29日

禅の友2月号

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「向き合う」(P,2)
 人は一生のうちに多くの人と向き合い、、様々な事態と向き合う。「生」と向き合うと同時に、「死」とも向き合わざるを得ない。この度の東日本大震災で、人々はなにと、どう向き合ったのか。
 寺を開放して地域住民を受け入れた、宮城県石巻市の高台にある洞源院の話。

「報恩供養ご和讃」大田哲山(P,8)
 梅花流の曲にはご供養をテーマにした曲がいくつかありますが、この「報恩供養ご和讃」は13回忌以降の年回供養を重ねた時にお唱えするものとして作られました。
 報恩とは、「自分が受けた恩に報いること」です。恩を受ける対象は様々ですが、受けた恩を知り、想い、報いることがご供養であるということにもなるかと思います。
 ご仏前にお花やお菓子などをお供えし、お線香を差し上げることもご供養としては大切ですが、亡き人の思いを、残された人が受け止め、日々の生活の中で実践していくこと、そうした生き方こそが亡き方々への報恩であり、その思いは消えることなく生き続けていき、ご供養となっていくものと思います。
posted by 正翁寺 at 16:20| 日記

2012年01月01日

禅の友1月号

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「龍翔万年春」江川辰三(P,2)
 本年の干支は壬辰、いわゆる「辰年」に当たります。辰は「龍」になぞられ、鳳凰・麒麟・亀と共に「四瑞」の一つとして、めでたきことの象徴となっております。
 また「龍は翔ぶ万年の春」の句を解り易く言い換えれば「大空を龍が飛翔して新年を祝福し、すべての人々に限りなき福寿をもたらす瑞兆のようだ」となりましょうか。
 ともあれ、心機一転、明るく輝かしい年になるよう、力強い一歩を踏み出していただきたいと願います。

「利行(りぎょう)は一法(いっぽう)なり、あまねく自佗(じた)を利するなり」
 佐々木孝一(P,6)
 今から17年前に発生した阪神淡路大震災のとある災害対策本部での出来事です。
 震災発生後、やっと炊き出しや物資の配給が行われ始めた頃、対策本部にけたたましい音を立てるバイクに乗った青年たちがやってきました。何度も何度も対策本部の周囲を回り、邪魔だと思いバイクを止めよう促すと、彼らはそれに素直に従い、バイクを降り、そしてこう言ったんです。
「俺たちにできる事、ないですか。手伝わせて下さい。」
 予想外の言葉でした。
 当時、道は寸断され、車での移動が不可能な中、バイクは重宝されていました。
 「邪魔者のような目で彼らを見ていた自分が恥ずかしい。彼らのお陰で何百人という人たちが救われた。本当にありがとう。」

 見返りを求めること無く、手を差し伸べることができたことに、喜びを感じたいものです。
 「利行は一法なり、あまねく自佗を利するなり」の言葉を思い起こします。

「70億人の水」青木千恵(P,12)
 1950年に25億人だった世界人口は、昨年、70億人になった。今後も増え続けて、2050年には91億人になる予想である。
 人口の急増と生活様式の変化に伴い、多くの国で水不足が発生している。国連開発計画(UNDP)によると、世界人口の3分の1は水の供給が不十分な国に住み、11億人以上の人が安全な飲み水を確保できていない。
 日本人が水不足を感じずに暮らしていられるのは、食料や工業製品の為の水を輸入しているからだ。それに必要な水の量は、年間数百億立方メートルに相当する。

 さらに、地球温暖化にともなう水の異変も心配されている。気温が上がると水循環が早くなり、気候変動が起きる。水が少ない場所では渇水が、多い場所では洪水が増すと危ぶまれている。
 そんないま、世界の食糧事情は、飽食と飢餓が併存している。世界では約10億2000万人が食糧不足に苦しんでいる。一方アメリカでは、成人の約34%が肥満している。日本では、年間1900万トンの食料廃棄物が発生している。
 今後、世界の水不足がより深刻になると、日本は現在のように水や食料を輸入しにくくなる。
posted by 正翁寺 at 10:19| 日記

2011年11月22日

禅の友12月号

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「この災害を乗り越えて」三部義道(P,2)
 公益社団法人シャンティ国際ボランティア会(SVA)は、今年三十周年を迎えました。創立の契機となったのは、曹洞宗が始めたカンボジア難民支援活動でした。
 ボランティアは「利行(利他行)りぎょう(りたぎょう)」と呼んでもいいと思います。利行は、救う側も救われる側も同時に救われるという教えです。
 人が、他との関係の中で生きる動物であるならば、他を幸せにすることによって、自分の幸せがあるのだと気づくべきでしょう。
 災害がこれからもこの国を襲ってくることは避けられません。しかし、これまでも多くの災害を乗り越えてきたからこそ、この国の国民は、畏敬の念をもって自然に対し忍耐強く、思いやりの心を持つ「人間力」を身につけてきたものと思います。

「故宮崎禅師の遺稿をひもといて」中村典篤(P,4)
 大本山永平寺第78世貫首の宮崎奕保禅師がご遷化(せんげ)されたのは、平成20年1月5日未明でした。世寿108歳。
 ある日宮崎禅師は某新聞記者の質問に答えておられました。
 「ところで禅師さまの年齢は102歳と聞き及んでいますが、本当は何歳ですか」
 「本当の年とはどういうことだ?」
 「いや、満でおいくつですか」
 〜中略〜
 「世の母親すべて我が子に対しては慈悲の使いっぱなし、何の見返りも求めない。我が子への最初の慈悲はお腹の中の一年間。自分の趣好は一切捨てて、お腹の我が子の出生のためにすべてを注ぎ込む。そのお母さんのお腹の中の愛情一ぱいの一年間が年齢に入っていないのは悲しいネ」。
 このひと言で記者はそれ以上何も言えなくなってしまいました。
 宮崎禅師が「私はめったに涙を流したことはないが、母が亡くなった時だけは大泣きしたヨ」としみじみ申されたことが今、思い出されます。

「師走」大本山永平寺(P,30)
 師走の語源は多くの説があります。文字だけを見ると慌ただしく、忙しい感じがしますが皆様は如何でしょうか。
 心が荒れるから「慌」ただしい、心を亡くすから「忙」しい。身と心を落ち着けて善き年末、年始をお迎え下さい。
 さて、修行はこの身と心を仏祖がお示しになった「標準」に重ね合わせることです。
 心が「荒」れていたり、「亡」くなっていたのでは重ねることはできません。「標準」とは坐禅です。
 初雪に包まれながら静寂の中で坐禅に徹します。
posted by 正翁寺 at 14:09| 日記

2011年10月29日

禅の友11月号

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「感覚を開いて世界を豊かに」三宮麻由子(P,4)
 幼稚園入園の直前に、私はシーンレス(私の造語で全盲の意味)に生まれ変わった。そのため、本来は五感から視覚を差し引いた四感で暮らしていることになる。ところが実際には、何か別の「一感」をいただいていて、私の鍛錬次第でそれが育っているような気がしてならないのである。
 例えば光り。見えていないはずの明暗が、時々分かることがある。特に自然の中にいると、昼と夜が交代する時間に、今太陽が沈み始めたか、すっかり暮れてしまったか、あるいは夜明けが来つつあるのか、まだ真っ暗なのかといったことが肌の感覚で分かることが多い。
 私はこうした自然のメッセージを受け取ることで、地球に生かされている自分の姿を確認しながら世の中の明暗を感じているのである。
 私の好きなラテン語の格言に「感じたものでなければ知恵とはなり得ない」という言葉がある。感覚を開けば世界は豊かになり、真の知恵を得ることができる。
 
posted by 正翁寺 at 16:15| 日記

2011年10月02日

禅の友10月号

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「食物連鎖の恵」岩本一典(P,2)
 地球表面の70%を占める海。そこでは多くの生物が食物連鎖というネットワークの中で暮らしています。太陽の光を受けて光合成し、増殖するプランクトン。それを吸収する一回り大きな動物プランクトン。さらにそれを海水ごと呑み込むイワシやサンマはスルメイカに捕らえられ、そのスルメイカもやがて魚類の王者クロマグロの胃袋に収まっていきます。
 この生態系が汚染された時、負の連鎖として巡り巡って人間に返ってくることは置き去りにできないことです。
 ドイツの詩人ゲーテはこのように述べている。「自然は常に正しく、誤りは専ら私の方にある」

「ハワイの布教で見た事・感じた事」吉田宏得(P,4)
 過酷な労働や差別等を乗り越えて、信仰を心の支えに4世・5世と世代を伝えてきた日系人の歴史があるハワイを知る人は少ない。ここには既存の仏教といくつかの新興宗教の寺院や教会があり、文化背景が変化しても、日本の伝統は時の壁を透過して現在まで守られています。
 ハワイでは食前の祈りをGraceとかBlessingと呼び、英訳した経文を唱え感謝の心を捧げて、仏の加護と慈悲のもとに集いの趣旨が無事に進み、集まった人たち皆それぞれが健勝で過ごせる事を念ずる言葉を付け加えます。また、その食前の祈りが終わらないうちは、誰一人食事に手を付けません。
 日本では、手を合わせて「イタダキマス」も言わなくなってきている昨今であるのに対し、ハワイでは今でも信仰心をもって、手を合わせて食事を始める事が、先祖より受け継いだ宝と自負する面でもあります。

「言いわけは人をダメにする」和田重良(P,21)
 子どもの不出来を自分のこと(責任)として引き受けられない親が最近多い。
 毎日のようにやってくる「相談」の内容をよく分析してみると、何でも子どものせいにして、一つも自分の事としてシッカリと受け止めていなかったり、母親が父親の悪いところばっかり責めて一つも自分の事とは反省していなかったりします。
 一見立派そうな大人でさえ自分を正当化する為の「言いわけ力」を使うのですから、子ども達が「言いわけ力」は「生きる力」だなんて思い違いするのも仕方のないことです。
 本当は「言いわけ力」は強ければ強いほど人間をダメにしてしまうのです。


 
posted by 正翁寺 at 11:46| 日記

2011年08月31日

禅の友9月号

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「民俗の仏教化」としての「彼岸会」佐藤憲昭(P,4)
 私が生まれ育った新潟県北魚沼郡の南部の村では、彼岸入りの日に藁(わら)で迎え火を焚き、子供たちは「ジジゴ(お爺さん)たち、ババゴ(お婆さん)たち、この火の明かりについて来なれ、来なれ」と唱え、中日にも藁に火をつけて、「ジジゴたち、ババゴたち、ナカンザシ(供物)を召され、召され」と唱和する。
 そして、七日目の夕刻にも藁に火をつけ、「ジジゴたち、ババゴたち、この明かりについて行きなれ、行きなれ。春の彼岸に芋食え来なれ、来なれ(春の彼岸には「秋の彼岸に」と唱える)」と唱えて、先祖をお送りする。
 この子供たちが唱えている文言には、先祖を「迎える―祀る―送る」という構図がはっきりと現れており、お盆の構図とまったく同じであることが知られる。

 こうした彼岸会が終わると、春の場合には農作業の準備が始められ、また、秋の場合には稲の収穫の時期を迎えていたが、戦後になると、品種改良や技術革新などにより、稲刈りの時期が早まって、秋彼岸と重なるようになったと見られる。
 ともあれ、彼岸会は農作業を行う時期の目安となっていたのである。故郷のなつかしい思い出である。

 ・「意思の表現」青木千恵(P,24)
 現在、日本は高齢化が進み、老年人口(65歳以上)の割合は23.1%と世界最高だ。高齢者人口の増加を上回る勢いで、高齢者の犯罪が増えている。2009年の65歳以上の犯罪者の検挙人数は、90年と比べ約3.9倍となっている(平成22年版『犯罪白書』)。

 平成22年版『高齢社会白書』によると、独り暮らしの高齢者の3割以上が「周囲と会話する頻度は多くて2〜3日に1回」と回答しており、単身者や暮らし向きが苦しい高齢者の社会的な孤立が明らかになっている。孤立に伴う問題として、孤独死や高齢者の犯罪の増加、消費契約のトラブルなどが指摘されている。

 高齢者=弱者と一概に捉えると、状況を見誤る。仏教では「貧(とん)=ほしがる心」や、「瞋(しん)=怒り」を三毒の一つとして、自己中心的な「我欲」や「怒り」を戒めている。我欲の勝った人、その反対で、とても控え目な人が、孤立してしまっている。

「虹に感謝」西村徹(P,34)
 月に1度、ごみ拾いやトイレ掃除をしている。今回は道路のごみ拾いを行った。
 友人4人、ふたりずつに分かれて道路に捨てられたごみを拾っていった。拾い始めて30分、美しい虹が山にかかっている。「きれいな虹だなあ」と話しながら作業を続けた。しばらくすると、ふいに涙が出てきた。

 ごみ拾いをしている私たちを応援するかのように虹が出ている。日々の生活でも、家族や同僚、多くの友人が私の知らないところで私を支えていてくれる。その支えの中に自分がいる。そう思うとありがたくて涙が止まらなかった。
 帰ったら妻に「ありがとう、お陰でごみ拾いができたよ」と言おう。
 
 そう思ってごみ拾いを終えた。


posted by 正翁寺 at 16:05| 日記

2011年07月28日

禅の友8月号

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・「蝉しぐれ」橋本聖子(P,2)
 近年、セミに異変が起きています。特に東京では、真夜中に鳴いているセミが多くなりました。セミは、気温の変化によって時間帯を計っているので、夜になっても気温が下がりにくい曇りの日などは、夜中に鳴くことがあります。特に都心では夜になっても恒常的に気温が下がりにくいので、時間の感覚が狂うことが多くなっているのです。

 その都心部の夜の異常な暑さは、エネルギーの集中使用とコンクリートやアスファルトの輻射熱によるヒートアイランド現象ですが、都市部に限らず、一年を通じて、気温は確実に上昇しつつあります。温暖化は、私が子どもの頃と比べても明らかに違いがわかるほど、急激に進んでいます。

 そして今夏、わが国では東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故により、電力不足が深刻化する可能性があります。電力の安定供給をめぐっては、国を挙げて議論しなければなりません。代替手段の準備をせずに原発を止めてしまうと、生産の減少や消費の冷え込みにより、震災により減速した景気がさらに腰折れしかねないからです。

 私たち一人ひとりも節電意識を高めると同時に、熱中症や睡眠不足にならないよう賢く電力を使用しなければなりません。みんなで賢く節電すれば、都市部でも夜半に涼しい風が吹き、朝方はセミの声で目を覚ますという日が来るのかもしれません。

posted by 正翁寺 at 21:33| 日記

2011年07月02日

禅の友7月号

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・「丸い地球は誰のもの?」岩本一典(P,2)
 福井県敦賀半島西側にある水晶浜は、日本海沿岸有数の海水浴場として知られ、毎夏、大勢の行楽客でにぎわいます。その名の通り、碧色に澄んだ遠浅の海岸線で、二十年以上前に訪れた時、その景色に目を奪われたものでしたが、視界を広げると、隣方にそびえ立つ巨大な構造物群に気づきました。それは美浜原子力発電所でした。
 風光明媚な景勝地と原発。その不似合いな違和感は、一昨年他界したミュージシャン、忌野清志郎の「サマータイム・ブルース」にも出てきます。「人気のない所で泳いだら 原子力発電所が建っていた さっぱりわかんねえ、何のため?」。その矛先は地震への懸念へと向かい、「それでもテレビは言っている『日本の原発は安全です』さっぱりわかんねえ、根拠がねえ」。
 チェルノブイリ原発事故の二年後に制作されたロックバンド、ザ・ブルーハーツの「チェルノブイリ」に次のような一節があります。「こんなにちっぽけな惑星の上 丸い地球は誰のもの? 砕ける波は誰のもの? 吹き付ける風は誰のもの? 美しい朝は誰のもの?」。四半世紀前に投じられた根源的な問いかけが現代に持ち越されて、重く響いてきます。


・「満天の星に想う」菊森拓也(P,8)
 仙台市の教論の話。私たちはこれまで、学問や文化の発達、経済成長の名のもとに一体何をしてきたのだろう。たくさんの遺体が打ち上げられ、瓦礫の山と化した仙台市の惨状に強い疑問を抱いたのは私だけではないはずです。
 津波の後は、満天の星が輝く美しい夜になりました。停電で地上から光が失われた夜があんなにも美しいとは。
 かつて釈尊は星がひとつまたひとつと消えていく中で悟りを開かれたと習いました。私たちが築き上げた不夜城ごとき大都会の、余りある光の中で悟られたわけではありません。
 私たちはあまりにも多くの命を失いました。もうこれ以上尊い命を失わないためにも何が本当に必要かを再考する必要があると思うのです。有縁も無縁もない、私たちと共に生きていた、私たちと繋がっていた命が恐れと悲しみの中で失われてしまったのですから。
 今、日本国内のみならず、世界中が私たちに注目しています。何にも増して命を尊ぶ社会を構築することこそが本当の意味での復興であり、東日本大震災で亡くなられた方々を心から供養することになると私は考えます。

 
・「星がみえる街」青木千恵(P,24)
 ヒートアイランド現象がなく、今よりも気温が低かったとはいえ、大都市・江戸の人々は、盛夏をどう過ごしていたのだろうか。
 日本の古い家屋は間口を広くとり、柱と柱の間を開放した風通しのよい造りだった。屋内への日射を防ぐ為にひさしを深くし、よしずや廉を下げ、調湿・断熱効果がある畳の上にむしろを敷いた。
 外に面した場所には縁側を設け、行水の後、縁側や縁台で「夕涼み」をした。風を起こす小道具が、団扇や扇子である。同じ気温でも、肌に風が当たると涼しく感じる。もとは吉兆を占う道具として中国から伝来した風鈴を、夏の生活道具に転用。
さらに軒先にのきしのぶをつるす、今で言う「緑化」も行っていた。江戸の人々は、五感を働かせ、体感温度を調節していたのだ。道路や庭に水を撒く「打ち水」は気化熱の法則に則った科学的な風習で、涼しい風を呼ぶ。
 震災発生後、戦後初の計画停電が東京電力の管内で行われた。三月下旬、照明がぐっと抑えられた街では、星がよく見えた。江戸時代は、もっとたくさんの星が瞬いていたのではないか。
 江戸の庶民は、森羅万象に対する感覚も豊かだったようだ。夏は蓮の花見を楽しみ、「十五夜」(旧暦八月十五日)、「十三夜」(九月十三日)には月を眺めた。泥水の中から美しい花を咲かせる蓮は、人のあるべき姿を示す。仏教を象徴する花である。


・「心の大地を取り戻そう」〜トラウマをおそれないで
   門前豊志子(P,26)
 三月十一日を境に、私たちの生活状況や心の有り様は、大きく変わることを余儀なくされ、住み慣れた土地を離れたくないが、やむなく避難所生活に耐えている。
 このような状況の中でも、子どもは大人と違って明るいと思われがちである。だが、外からはうかがいしれない心の奥に、不安感があることが多い。子どもなら大丈夫だと思いすぎてもいけないし、子どものトラウマを心配する余り、災害や放射能のことをタブー視することも考えものである。
 今までと違う悲惨な状況を目の当たりにして嘆かないこと自体が不自然である。子どもは子どもなりに現実に対応する心の準備を無意識にしているからである。
 被爆体験をされた、被爆医療の権威である山下俊一先生は、放射能は怖いけれど「正しく恐れよう」と被災地で啓蒙活動されている(日経新聞)。
 大人が不安になれば子どもはもっと不安になる。大人がどっしりとしていれば、子どもは安心する。幼い子どもほど、親の抱く不安感や安心感が身体的な反応として生じることが多い。

posted by 正翁寺 at 12:07| 日記

2011年05月29日

禅の友6月号

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「手を、とりあうこと」〜SVA難民キャンプから30年
  三部義道(P,2)
 1979年、ポル・ポト政権崩壊を期にカンボジアは内戦状態となり、隣国タイにたくさんのカンボジア人が難民として逃れました。世界各国で大きなニュースとなり、支援の手が差し伸べられました。
 曹洞宗では、「同じアジアの民として、同じ仏教徒として座視できない」と、募金活動を行い、同年12月、第一次調査団を難民キャンプに送りました。
 それを受けて、80年「曹洞宗東南アジア難民救済会議(JSRC)」が創立され、曹洞宗関係の大学生や全国各地の青年僧が現地を訪れ、カンボジアの人々の自立支援に向けて活動を行いました。これを引き継いだ団体が「曹洞宗ボランティア会(SVA)」でした。名称は「シャンティ国際ボランティア会(SVA)」と変わりましたが、81年に設立されたので、今年で30周年を迎えます。
 ところが3月11日、未曾有の大災害が発生しました。SVAでは、震災直後よりスタッフを現地に派遣し、被災者の人々と共に復興支援にたずさわっています。30周年記念事業は計画通りに行かなくとも、この年にこの大災害が発生したことはSVA30周年の真価が問われることと受け止め、しっかりと手をとりあい、長期にわたってかかわっていく所存です。

「命の見方」〜新たな気づき〜金子謙三(P,4)
 自然破壊や地球温暖化の進行に伴い、省エネやエコという意識が社会に広がりを見せている。好ましいことである。
 しかし環境保全とは、単に数値目標をクリアすることやシステムを構築することだけではない。大切な命をいかに健全に守ってゆくか、そして守られた者が今まさに生きていることに喜びを感じ、さらに次の命を守ろうとするはたらきに繋げる。
 未来に向けて命の連なりを保つことのできる状況をあらゆる観点から考える。それが真の環境問題である。環境問題とは命の見方の問題でもあり、虐待などもってのほかである。

「雲収山岳青」酒井大岳(P,32)
 「雲収まって山岳青し」と読みます。
 長い間滞っていた雲が、ようやく動き出し晴れわたってくると、そこには目ばゆいばかり青々とした山並みが見え始めたという、感慨を言い表しています。
 人間は悲風(不運の風・黒風ともいう)に遭うと目の前が真っ暗になり、苦しみから容易に立ちあがることができなくなります。
 しかし、希望を失わず、耐え忍びながら一歩一歩努力を積み重ねてゆくうちに、やがてはるか前方に、朝日に耀く山並みを発見することもあります
posted by 正翁寺 at 20:18| 日記

2011年05月17日

禅の友5月号

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「若葉の頃を過ぎたら」橋本聖子(P,2)
 萌えた新緑が、時に花よりも美しく感じられる頃、街中では真新しいスーツに身を包んだ社会人一年生の姿が目につきました。
 仕事でわからないことがあって、判断に迷ったとき、頼りになる上司がいれば心強いに違いありません。そう思うのは、社会人一年生であっても、経営者であっても、国会議員であっても同じです。勉強もスポーツも仕事も最初から完璧にできる人はいません。誰かに教えてもらいながら、経験を重ねて上達します。
 私にとって生涯を通じての師は祖父一人だと思っています。子供の頃、父が話して聞かせてくれた祖父の生き方、祖父が父に教えた生活の知恵は、意味がよくわからないまま身についてしまっていることにも気がつきました。一つの教えに対する十代の頃の理解、二十代の頃の理解、そして、人の親となってからの理解は異なり、年々深くなっていくように感じます。

「『学び』の本質」和田重良(P,21)
 「まなぶ」というのは「教育」の一番大切な項目なのですが、はたして「学び」の本質はどこまで活かされているのだろうかと疑問になるのです。
 成績向上を焦るばかりに「教え込む」ことに夢中になってしまい、「知識のおばけ」を作るか、学ぶことを忘れた無気力な子供を作るか、いずれにしろ「学ばない子どもの大量生産」になってしまったのです。
 ぼくの「学び」の魔法の薬は実は「あそび」なのです。「あそび」の中に「学び」の本質があります。その本質は「よく見・よく聞く」というものなのです。
 前に、飼い犬のメイを、二人の中学生とぼくと三人で腰までの雪をかき分けて助け出した時の安堵と、「見る・聞く」を総動員した快感がとても嬉しかったのです。
 「学び能力」はやはり人間らしさなのです。それを全開にする快感こそ「教育」に欠かせないものなのです。

「都市と緑」青木千恵(P,24)
 近年は特に、ヒートアイランド現象を緩和する「緑」の効果が注目されている。夏に直射日光を浴びると、コンクリートの屋上は日中60度にもなるが、緑化すると土壌が日光を吸収し、断熱性が高まり冷暖房コストを軽減できる。建物の蓄熱と冷暖房による「人工廃熱」が減ると、ヒートアイランド現象の緩和につながる。
 ヒートアイランド現象の原因は、緑の喪失と都市活動に伴う廃熱である。地球の平均気温は、この100年で約0.6度上昇している。東京、大阪などの大都市は、同じ間に平均で約2.5度上昇しており、ヒートアイランド現象の発生は明らかだ。
 1998年までの約25年間に、東京では山手線の内側の面積を超える緑(約70平方q)が失われているのである。「相続の発生」で土地が売却され、開発によって緑地・農地が消える事態は、絶えず起きている。
 木や植物は、われわれ動物の生命を支えるかけがえのない存在である。人間は緑の恩恵を受けて文明を築いたが、木は生き物であり、木の健康と人間の健康はつながりあっていた。共生のバランスが崩れ、緑が失われた都会はとても暑くなった。
 また、都会よりも緑が多くて健康なはずの田舎では、過疎や
高齢化が進み、荒廃した森林が目立つ。山村の過疎・高齢化の進行は、産業や労働力が都会に流出し、「基幹産業」である
農林業の不振で、地域経済が疲弊しているからだ。
 都会と田舎の健康も、つながりあっているのである。
 
 
 
 
posted by 正翁寺 at 20:33| 日記

禅の友4月号

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 ・「良寛の歌」(表紙裏)
 花は、蝶を招く心もないのに蝶は自然に舞ってくる
 蝶が舞いだすとき、花は美しく咲いている

 花が咲くとき蝶が来て
 蝶が来るとき花が咲く

 そういう私も人のことを知らないし
 人もまた私のことを知らない

 互いに知らないまま自然のままに生きている

「子ども花まつり」〜園児の心を育てるののさまの教え〜
  関 澄子(P,4)
 本園では、「合掌し神仏に祈りを捧げることができる子」「優しい思いやりのある子」を教育目標に掲げ、園児の保育活動を行っております。そして、日常の礼拝はもとより、花まつりに始まる仏教関係諸行事を通して、ののさまを敬い、ののさまに親しみを持たせ、また、自他を慈しむ心をはぐくむことを目指しております。
 そして教えを学び、ののさまの慈悲深い御心に触れ、自分たちも友達に対して、思いやりの心で優しくしなければならないこと、優しくされた時は感謝の気持ちを持って接しなければならないこと、動植物を大切に(命を大切に)しなければならないこと、などこころをより豊かなものに育んでいきます。
 保護者の皆さまからは、仏教保育を通して、子どもが弟(妹)に対してこれまで以上に優しく接するようになった、小動物をしっかりお世話するようになった、など子どもたちの心が寄り豊かなものにはぐくまれている感想をお寄せいただいております。
 これからの社会を担っていく子どもたちが心身ともに健やかに成長していくことを願いつつ、これからもののさまの教えを説きながら、日々の保育活動を充実させていきたいと思っております。

「いのちをまるごと引き受ける責任」  助産院院長 鈴木せい子(P,8)
 67人。これは、昨年親から虐待されて亡くなった子どもの数です。
 虐待の背景には、様々な要因があるようですが、特に問題なのが「望まない妊娠・出産」です。その中には、いらなかった子、まちがって生まれた子として親から疎まれ、虐待される子が少なくありません。
 望まない妊娠の場合、人工妊娠中絶という悲しい選択をしない限り「予期しないプレゼント」に戸惑いながらも、小さな命を引き受けることになります。
 でも、育児ストレスは半端ではありません。睡眠、トイレ、食事…どれをとっても十分な時間が与えられないのですから。ただ泣くことでしかコミュニケーション手段の無い存在にいらだち「こんなはずではなかったのに…」と育児不安を抱え込んでしまう母親もいます。
 さらに、まわりからサポートが得られず孤立化したときは深刻です。いつのまにか、虐待のおそれがあるグレーゾーンの仲間入りをしてしまうからです。
 長年助産師をしていると、「いのち」をおあずかりする重圧に押しつぶされそうになることがあります。でも、助産師としての志を駆りたてられ、心ときめくこともあります。
 「生まれてきてよかった」「生きていて良かった」とすべての人々がそう思えるような社会が一日でも早く訪れることを願わずにはいられません。
posted by 正翁寺 at 13:43| 日記

2011年02月27日

禅の友3月号

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「年をとって故郷を離れてきました」門脇俊明(P,4)
 旧年、これまで住職をしていた故郷秋田の寺を若い人に委ね、ここ和歌山の伏拝(ふしおがみ)という山々に囲まれたところに移ってきました。
 今、私は朝な夕なに空と山々、行く雲とお天気の気ままを、見るともなく見、時の移り変わる日々に身を置いていると、「時空」と「自然」のあまりの広大無辺に、改めて驚かされ、自分が「身を置いているこの地球、この場所への現実生活のあれこれ。良し悪し」などの感慨のすべては、実に浅はかであることを知らされるのでした。
 いつか。やがて、もうすぐ。この世というところから「さようなら」とお別れするわけですが、しかしこの伏拝の山々の稜線の向こうからは、日は昇り、空を染め、日は沈み、星は光るでしょう。地球は生きています。
 廻る幾百、幾千の春と空と雲と。
 そして祈りの、彼岸の日です。

「ぼたもちの季節」和西こまき(P,8)
 子どもの頃からお彼岸になると家族でぼたもちを作ってきた私も家庭を持ち、子どもたちと一緒にぼたもちを手作りしている。近所の子どもたちも誘い、一日かけて作り、大皿にドンとのせて仏さまにお供えする。
 我が家の仏壇は小さい。現代住宅に住んでいるので仏間も無い。夫の亡くなった両親には申し訳ないが、仏壇は狭小住宅である。しかしお彼岸の時期には「小さい家」にも沢山のお供え物がならぶ。
 早春、ぼたもちも山のように積み上げられ、お彼岸の行事が終わると夫の兄弟や友人家族が集まりそのぼたもち山を「このあんこ餅はおいしい!」と言いながらみんなで談笑して食べている。
 わざわざ丁寧に作る工程を見ているので、おいしいのである。今の言葉で言う「食育」となるのであろう。
 日本には日本の行事がある。現代の若い人の生活の中に、その行事を入れることで季節の「潤い」がでてくる。
 昨今、省かれがちな『わざわざ』『ていねい』のなかにある心のゆとりをお彼岸の穏やかな頃、少し優しい気持ちで迎える。そうすると今までに無いおいしいぼたもちを作れる、そんな気持ちがやってくるような気がする。
 さあ、今年も春の風が吹き始めた。
 数年前より道具出しは私の仕事。仏壇の掃除を夫に任せ、私のお彼岸がはじまる。この行事がないと春の訪れを感じない、くいしんぼうの我が家ならではの季節の行事である。

「TPPとは、何だろう」青木千恵(P,24)
 昨年10月に菅直人首相が参加を検討すると表明して以来、「TPP」という言葉が飛び交っている。TPPとは「環太平洋パートナーシップ協定(トランス・パシフィック・パートナーシップ)」の略称。日本も乗り遅れまいと参加を検討することにしたが、賛否両論が紛糾している。
 関税が撤廃されると米国やニュージーランドから安い一次産品がなだれ込み、農業林業が壊滅的な打撃を受けると、農家を中心に参加に反対する声があがっている。
 省庁の意見も分かれ、農林水産省は、農産物の関税を撤廃すれば、農業生産額は年間4.1兆円減少、食糧自給率は41%から14%に落ち込み、GDPは7.9兆円減り、340万人の雇用が失われると試算した。逆に経済産業省は、TPPに参加せず、自動車、電気電子、機械産業の日本製品が海外でシェアを失う場合、GDPは10.5兆円減少、81万人の雇用が失われるとの試算を示した。
 農林漁業は、適切に消費すれば自然の力で再生産される循環型の産業だ。自動車やテレビなどの工業品やサービス業は、循環型の産品ではない。全ての品目を一律に考えるのは無理がある。人間が生きるためにまず必要なものは『食べ物』で、一部の人がお金を持つことで全体は生きられない。食べ物を確保する策を十全に講じる必要があるだろう。
 それに、強かった日本製品の競争力はなぜ衰えたのだろうか。TPPを巡る議論は、日本のものづくりや食生活、経済と幸福のありようについて改めて考える縁でもある。
posted by 正翁寺 at 12:07| 日記

2011年01月30日

禅の友2月号

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「雪明かり」橋本聖子(P,2)
 わが国の約六割が「雪国」であり、総人口の四分の一もの人々が生活しています。しかし、雪国では全国平均を上回る速度で少子高齢化が進行しており、過疎化の問題も深刻さを増しています。
 二十世紀型経済発展から取り残されてきた雪国ですが、規格大量生産の嵐に飲み込まれず、今もなお、その地域独自の伝統や文化が息づいています。国力を高めるには、経済力のみならず文化力の充実が不可欠です。どんなにグローバル化が進んでも、国や地域の伝統や文化を学び、大切に継承しなければなりません。
 今、わが国には閉塞感がありますが、雪国の潜在力は計り知れません。空をも照らす雪明かりは、二十一世紀のわが国を照らす光になるかもしれません。

「涅槃図を読み解く」亀野哲也(P,4)
 お釈迦様は、八十歳の時、生まれ故郷へ向かう最後の旅の途中で体調を崩し、二月満月の日にクシナガラの地で入滅されました。
 涅槃図を使って、分かりやすく説明されている。

「自然・暮らし・魔法の薬〜「寒さに当たること」
  和田重良(P,21)
 何しろ、くだかけ生活舎(筆者が代表を務める生活教育施設)のあるこのあたり(神奈川県山北町)の冬の気温はマイナス五度になります。
 こたつに入ってテレビでも見てたら誰かがご飯を作ってくれて…なんてことはこの生活にはありません。マキを割ってそれを燃やして、ご飯を炊いて、お湯をわかして、お風呂を焚いて…。とにかく寒い冬の間はそうとう厳しい暮らしがあるのです。
 そのかわり、冬の夜に入るお風呂の温かさはこの上ない格別な「しあわせ感」があります。風呂からあがったら、みんなまた外の寒さを味わいながら渡り廊下を歩いて行ってそれぞれの部屋に戻るのです。
 「寒さ」がくれるものすごく大きなプレゼント。子供たちの心に育ちます。
 冬の星空、とてもきれいです。
posted by 正翁寺 at 14:21| 日記

2011年01月01日

禅の友1月号

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「笑う門には」岩本一典(P,2)
 年始になると、各地の七福神が参詣者で賑わいます。七福神の中で唯一、実在したのが布袋(ほてい)和尚。中国の唐代末期に活躍した禅僧で、本名を契此(けいし)と言い、福耳に呵呵大笑(かかたいしょう)、まん丸の太鼓腹が特徴です。
 笑ってもばかりいられない世情であればこそ、洒々落々(しゃしゃらくらく)たる布袋さんにあやかって、おおらかさを失わずに進んでいきたいものです。
 日本が近代化に向けて苦闘と葛藤を続けていた明治三十二年の年初、正岡子規はこんな句を残しています。「年徳と
布袋とどっと 笑いけり」。英語にも「Fortune comes in by merry gate」(幸運は楽しい門をくぐってくる)という諺(ことわざ)があります。「笑門来福」は古今東西、変わらぬ万人の願いなのでしょう。

「生き物をめぐる出来事」青木千恵(P,24)
 この十年で、普段目にする光景は大きく様変わりしました。私が子供の頃は、タンポポやツユクサが咲き、チョウが舞う自然の彩りを、今よりもずっと多く目にしていたと思う。住宅地から少し離れた水路には、メダカやザリガニ、オタマジャクシがいた。
 夏、セミの抜け殻が道端に落ちていて、石のように踏まずによけて歩いていたのは、自分と同じ「生き物の痕跡」だと五感が感じたからだろう。
 今、世界中で多くの野生生物が絶滅の危機に瀕している。国際自然保護連合(IUCN)によると、2010年の段階で1万8351種の存続が危ない。近年は、自然淘汰の絶滅に比べて100~1000倍の速さで絶滅が起き、原因のほとんどが、生息環境の破壊、乱獲、外来種の持ち込みなど、人間の活動にあるという
 一つの種が姿を消すと、何が起きるのか。周りの種が影響を受ける。人間が、人間だけで生きられないのと同じである。食べ物も酸素を作る植物も、人間が生存するために必要な生き物だ。
 今すぐに始められることは、生き物に対する五感を磨くこと、大人から子供への「いのちの教育」だと思う。自分と同じいのちある生き物への五感を高め、他者をいたわることは、生態系の保護につながるだけでなく、人の命を傷つける行為の軽減にも働くのではないか。

「挨拶」酒井大岳(P,32)
 新しい年を迎えました。まずは明るい挨拶から一歩を踏み出したいものです。「挨」は軽く触れること、「拶」は強く触れることです。
 むかし禅宗の僧侶が修行僧に言葉をかけ、その返事によって悟りの度合いを見定めることを「挨拶」と言っていました。転じて一般に親しみの言葉をかけあうときに、挨拶をする、というように変わってきたのです。
 この呼びかけを、人間だけでなく大自然に向けたらどういうことになりましょうか。山川草木・花鳥風月に呼びかけていくのです。「きれいだ」「美しい」と、声に出すことが大切です。そのためには、山河の中に自分を連れ出すことです。
 山河と対話し、山河とともに歩む―そこにこそ真の挨拶はあろうかと思います。
 
posted by 正翁寺 at 16:47| 日記

2010年12月01日

禅の友12月号

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「月夜の食卓」橋本聖子(P,2)
 北海道の牧場で生まれ育った筆者が子どもの頃、晩には家庭で囲む食卓はあたたかく、湯気の向こうにみんなの笑顔が見えました。しかし、父は礼儀や食事の作法にはとても厳しかった。
 両親から「勉強しなさい」と言われたことは一度もありませんでしたが、家事や牧場の仕事の手伝いをするのは、当然のことでした。
 昨今、親による子どもの虐待や子どもが引き起こす事件が報道されています。何がそれほど彼らを追い込んでいるのか、一概には言えませんが、何の苦労もなく食事ができ、食べ物のありがたさや我慢することの大切さを知らずに育ってしまうことが、その要因の一つのように思えてなりません。
 旬のものを工夫しておいしく、作法を守って正しく、そして家族や友人と楽しくいただくというのは、祖先から受け継がれ、長い歴史の中で育まれた文化でもあります。
 決して贅沢な食卓を囲んでいたわけではありませんが、月夜があれほど優しく、美しく感じられたのは、心に栄養が十分だったからかもしれません。子どもたちの母になった今、父母に改めて感謝する毎日です。

「オンリーワンの仏たち」野田大燈(P,4)
 喝破(かっぱ)道場が開設されて約三十五年になります。昭和五十年代初頭は「登校拒否」が社会問題となりました。
 では登校拒否の復学についてどのような手法を用いたか、というと、心理学者でもない私は単に自分の学んだ坐禅や作務の僧堂生活を同行しただけです。
 その登校拒否児を復学させことが契機となり、「喝破道場に行けば学校に行けない子どもが復学できる」と口コミで広がり、気がつけば道場には眉を細くし剃り込みを入れた青少年が、三十人ばかり生活していました。
 振り返ると道場が最も活性化していたのはこの時代だったともいえるでしょう。噂が噂を呼んで「四国の戸塚ヨットスクール」と呼ばれていました。
 その後に時代は昭和から平成に移り、社会環境の変化と共に子どもたちも変わりました。いつしか非行少年たちは姿を消し、「引きこもり」の少年たちが集まってきました。
 道場はミニ僧堂的な運営ですので、三十五年前と変わらず起床は朝五時で坐禅・読経・応量器(修行中に使う特殊な食器)を使っての食事です。日中は原則として自給自足のための農作業です。
 現在、道場では中学二年生から七十三歳までが共同生活を営んでいます。個々の違いに応じたメニューはありますが、共通メニューは「坐禅」です。
 体のどこへも力を入れずに坐蒲を使ってどかっと坐禅を組んでいれば、自然に落ち着いてくるのです。個人差はあるにしても、一日一度の坐禅と読経を続けるうちに塾生たちの声に張りが出てきます。日中の肉体労働と相まって体力がつくことで、自信につながるのです。
 古来、修行道場はエリート作りの場所でした。最澄・空海・栄西・道元・法然・親鸞・日蓮…皆坐禅を通した仏教カリキュラムを修行されたのです。そのカリキュラムの中で変わらない方がおかしいのです。
 それぞれが自分に与えられた苦悩という修行を経て辿り着いた放下着(ほうげじゃく)の貌(かお)は、何よりも美しい。

「異常気象の頻発」青木千恵(P,22)
 最近は「異常気象」が頻発する傾向にあるようだ。異常気象とは元来、「数十年間に一回程度の気象現象、あるいは人が一生の間にまれにしか経験しない現象」のことで、気象庁は「ある地点・ある時季において三十年に一回以下の現象を『異常』」と定義しているが、この頻度はなぜだろう。
 最近の異常気象をめぐっては、地球温暖化や都市化の影響も指摘されている。地球温暖化は人間活動によるものと断定されつつあり、都市は人間が創っている。生物多様性の問題も含めて、人間の活動は自然と連動している。ただ、人間は地球の「主人公」ではなく、万物の中の一構成要素に過ぎない。自然がゆらげば、人間も影響を受けるのだ。
posted by 正翁寺 at 17:39| 日記

2010年11月03日

禅の友11月号

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 「良寛の歌」 齋藤雄致(たけし)(表紙裏)
 
   夜の草原には賑やかに虫たちが鳴いている
   農家の炊事の火がもれてきて
   部屋の中は温かそうだ
   秋の夜長に夜なべをしているのだろう
   むしろを織って春の支度をしながら
   家族みんなで語りあい
   心から笑いあっている
   この自然な純真さを大切にしたい

 文明に満ちあふれた現代とは異なる江戸時代、女の子は五歳にもなれば針仕事、炊事を習い始め、男の子は八歳頃から俵をかつぐ練習を始めたという。
 それだけに家族の団結、村社会の助け合いは強力で、自耕自立の精神が重んじられた。

 「現代の禅の書」 薄田東仙(P,4)
 平成二十二年八月四日、第四十四回曹洞宗青少年書道展が行われた東京有楽町の読売ホールは、六百人余りの子どもと保護者で沸き上がっていました。
 展示してある子どもたちの作品を見ていると、誰が観ても整って素晴らしいといえる作品、また個性豊かに紙が足りないと言わんばかりに表現している作品や、字間が他に比べそこだけ空いてしまった作品があります。
 確かにパソコンの文字は同じなので読みやすいですが、個々によって書かれた文字にはその人の心と命が加味されて表れています。
 こういった作品に接する子どもたちが、そこで何を考えどう筆を動かそうかという姿が想いおこされます。大人はそんな一つひとつを大切に見てやることを忘れてはなりません。このような純粋な展覧会のもとで子どもたちが育ち、次代を担うことを願っています。そしてそれが世界平和に繋がることを!

 「光あるところに」 樋口富喜子(P,12)
 私が詠讃歌(えいさんか)で救われたのは、忘れもしない四年前、夫を亡くした後の茫然自失の時でした。
 夫は退職後十年くらいから認知症の兆候が表れ始め、私は農作業のかたわら、介護に明け暮れる日が続くようになり、介護疲れで倒れてしまい、夫から離れて入院することとなりました。
 心の支えを無くしてしまった夫は、私がふらつく体で退院したばかりの時に、突然亡くなりました。死ぬまで私を呼び続けていたと聞いた私は、夫が可哀想で胸が張り裂けそうでした。
 そんな時、私をなぐさめてくれたのが「坐禅御詠歌(ごえいか)」でした。涙を流しながらも静かにお唱えしていると、いつしか心が安らぎ、落ち着いて静寂の世界へといざなってくれました。

  濁りなき心の水にすむ月は
  波も砕いて光りぞとなるひかりぞとなる
  
posted by 正翁寺 at 12:11| 日記

2010年09月20日

禅の友10月号

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「坐禅のススメ」(P,8)
 坐禅に当たっての準備から作法までが、細かく記されている。

「カマキリとヒマワリ」いちだまり(P,24)
 霧のふかい春の夕ぐれ、たまごの袋からはい出した二百匹のカマキリ。せっかく生まれてきたのに、地面で待ちかまえていたカナヘビやクモに食べられてしまう。
 生き残ったカマキリも生きていくために食べます。目の前で動くものなら何でも。羽を広げてカマを振り上げ、バッタでもカナヘビでも、時にはカマキリさえも。
 でもそれは、命をつなぐための、新しい命にリレーするため。遠い昔からつながっている命の記憶。カマキリにもヒトにも刻み込まれた命の記憶。命を食べて命をつなげる。
 だから、「食べる以上に殺してはならない」それがルール。 
 やがて夏になり、大きくなったカマキリのお腹には、二百個のたまご。殺しすぎない生き方を教えてくれたカマキリの物語です。

「禅の一夜を体験して」小川さん(東京都46歳)(P,28)
 大本山總持寺での「禅の一夜」に参加させていただき四ヶ月がたちました。日々、これまでにない充足感、清々しさを味わっております。
 お陰さまで、現在は一柱(いっちゅう・約四十分)坐禅してから出勤にするようになり、会社への足どりもさわやかです。

 
posted by 正翁寺 at 15:31| 日記

2010年08月28日

禅の友9月号

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・「ゆっくり育てる心と体」橋本聖子(P,2)
 (筆者と子供たちが、一緒になって手作りハンバーグを料理している様子が書かれている)
 子供たちに手伝ってもらい食事の支度をすると、かかる時間は1.5倍。食べ物を粗末にしてはいけないと厳しく教えたので、食材を無駄にすることはありませんが、服には油、台所は野菜のかけらや小麦粉が散乱して、後片付けを思うと少しげんなりしますが、とても良いこともある。子供たちは自分で作ったものは、残さずにちゃんと食べるのです。
 いつの頃からか食に関する知識や経験はとても軽視されてきた。そして現代では、食習慣の影響による疾病を抱える人が増えた。さらに日本は、先進国の中でも食料を外国に依存する割合が特に高いにも拘わらず、その大切な食品を毎日大量に廃棄している。
 効率優先の社会で、さまざまなものが規格・大量生産されるようになりましたが、人の心と体はそういうわけにはいきません。
 私が子供の頃は、どこの家族でもごく当たり前に、子供は家の手伝いをしていましたし、食べ物を粗末にすると、こっぴどく叱られました。
 忙しい毎日ですが、湯気の向こうの家族の笑顔を見ながら、「心と体をゆっくり育てる」ことの大切さを胸に刻んでいます。

・「お〜い彼岸じゃ、助けてやれ」柳田彰宣(しょうせん)(P,4)
 仏教の教えの中には、生きていく上で誓いを立て守っていこうと「戒」(戒律)を大切にしていますが、その一番初めに「殺さない」という誓いが出てきます。
 今、テレビや新聞などを見れば、殺人や戦争の話題は絶え間なく出てきます。そんな時、「殺さない」だなんて、当然のことのように思えるでしょう。ところが、改めて私たちの生活を振り返ってみると、これが深いものであることに気づくのです。
 たとえば、生きるものはすべて、他の命を奪って生活をしている。人間もそうです。食べなければ死んでしまいます。もっと言うと、殺さなければ、生きていけないのです。
 「殺さない」で生きることは不可能である。それなのに「殺さない」とは、どういうことなのでしょうか。
 そのヒントはすぐ身近なところにあると思います。皆さんも食事の前に「いただきます」と、食後に「ごちそうさまでした」とおっしゃっていますよね。「いただきます」は「命をいただきます」とよく言われます。命を頂くことの感謝の念を意識するために、きちんと口に出して言うわけです。

・「誰でもいい」ことはない 青木千恵(P,22)
 08年6月の秋葉原の殺人事件、今年6月の広島県自動車工場の殺人事件。いずれも無差別に凶行がなされた事件である。
 「誰でもいい」と憂いさを爆発させる行為は、うまくいかない自分の状況は、他者(親、職場、社会など)のせいと考える他罰的な感情から発生しているようだ。
 人間は元来、軋轢(あつれき)を避けては生きられない。歴史を見ても、人生が必ずしも思い通りにならないのは、現代社会に限ったことではない。
 人一人の思いは、簡易ブログのような140字以内でまとまるような合理的なものではないから、ただ一人でいいから、「誰でもよくない誰か」との信頼関係を築く方が大切だと思う。
posted by 正翁寺 at 17:12| 日記

2010年08月10日

禅の友8月号

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・風鐸「大玉西瓜」岩本一典(P,2)
 遠く離れて暮らしている家族間のつながりを再認識する果物として、西瓜を織り交ぜた夏物語。
 入浴を先に終えた次男坊が早く食べたいとせがむと、「スイカを切るところからいっしょでないとだめなんだ」と父が言う。

・お盆を迎える〜まごころのおもてなし〜(P,8)
 お盆の起源や飾り方が書かれている。
 地域や習慣によって異なりますが、精霊棚(しょうれいだな)を設け、ご先祖のみ霊(みたま)をお迎えしましょう。

・「原爆の子」いちだまり(P,24)
 6年前にグラフィックデザイナー片岡脩(しゅう)さんの作品に出会いました。
 大胆な色づかいの作品の中でもひときわ目をむいたのは、黒字に薄墨色で5枚に分けて描かれた「般若心経」のポスター。
 それぞれの下には鮮やかな色で「閃」「灼」「炎」「焦」「生」の文字があり、さらにLOVE・PEACE(愛と平和)と描かれています。
 いまでは水爆実験で被ばくした船、第五福竜丸の甲板に「般若心経」のポスターは展示されています。
posted by 正翁寺 at 11:18| 日記