2010年05月24日

禅の友6月号

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特集「食べる」ということ
 「食べ物との向き合い方」吉村昇洋
(P,4)
 我々は、普段なにげなく食事をし、食べ物を食べることは当たり前であると思っている。しかし仏教では、「果たして、そうなのか?」と疑問を呈するのである。
 自分の目の前に存在する食事は、私に一方的に食べられて良い存在なのだろうか。答えは「否」である。
 人間は自分の力でエネルギーを生成できず、食べ物一つ一つの命を頂いて、自分の命にせざる得ないわけであるから、私の命と食べ物の命は等価値なのだ。
 であるから、食べ物に対して傲慢であってはならない。それが理解できれば、おのずと感謝の念を持って、食べ物と向き合い「(尊い命を)いただきます」と合掌できるだろう。

特集「食べる」ということ
 「おいしさからはじまる毎日の健康づくり」古賀晶子
(P,8)
 日頃、健康体でいるために必要な栄養素を十分にとるには、毎日、規則正しく食事をすることが必要です。一汁三菜の食事を一日に三回食べることが理想ですが、年齢に関係なく現代では実践できていない方が多いようです。
 食べられない状態が続くと、低栄養状態やビタミン欠乏状態などを招き、体に影響が出てきます。体の不調は極力、治療をするなどして食べられる状態に戻しませんと、健康を維持していくことが難しくなります。
 まずは、難しく考えず、「おいしく食べる」ことを楽しむことから始めてみてはいかがでしょうか?「おいしいもの」を「おいしく食べる」ことで毎日が楽しくなっていくことでしょう。
 そして、「食べること=生きるための原動力」であることを皆さんに日々、実感していただけるようになれれば幸いです。

地球談話
 「雨の日の思い出」持丸真理
(P,16)
 自分の子どもが保育園に通っていた頃、雨ともなると自動車登校の人が増え、限られたスペースに停車すらできないことも珍しくありませんでした。
 約40年で底をつくといわれている石油の話を聞いても、同じ数の人が自動車で登校するだろうか?と考えさせられました。
 私たちが普段の生活の中で、車の利用を「ちょっと控える」ことが、化石燃料の延命化や温暖化問題にとって無意味なことにはなりません。
 小さい子どもと歩くのは、必要以上に時間がかかって、時にはイライラするものです。それでも梅雨時、雨上がりの帰り道では、水たまりに入ってみたり、カタツムリを見つけてみたりと、特別に楽しい時間が共有できる季節でした。
 その頃通っていた道を歩くと、小さなリュックを背負ってトコトコ歩く懐かしい後ろ姿がフッと目の前に現れる気がして、心が温まるのです。
 環境問題などと難しく構えなくても、子どもと一緒に歩く時間は、いろいろな意味で「未来への宝物」になるようです。
posted by 正翁寺 at 09:57| 日記

2010年04月25日

禅の友5月号

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特集 子どもたちのために
「大満足を伝えたい」 和田重良
(P,4)
 ぼくは子どもたちに「大満足」を伝えたい。
 満足には「大満足」と「小満足」があるのです。「小満足」は次々と次が欲しくなってしまう欲望の刺激のようなものです。ですから「小満足」は満足の持続時間の短いものです。漫画、テレビ、ゲームはその「小満足」を巧みに利用した商業主義の産物です。
 で、「大満足」というのは満足の時間が長く持続するものと言っています。それは「自然」や「人間」との出会い、ふれ会いに象徴されるような「悦び」と言ってもいいでしょう。「あんしん」にも通じます。

特集 子どもたちのために
「お父さん、お母さん、語ってよ!」富田冨士也
(P,8)
 「子どもは親の背中を見て育つ」ということわざがあります。親子が共に絡み合う関係が希薄になっている昨今では、特にこのことわざを意識しておきたいものです。
 人は一人では生きていけないし、生きてはこられなかったというつながりの実感こそ子育ての「使命」であり、「人生の基礎工事」を家族関係から学ぶのです。だから親には、娑婆(しゃば)の縁が尽きるまで子どもに「背」を語り見せる子育てが必要です。

「お米、野菜と、食卓と」青木千恵(P,22)
 麦飯、キビ飯を食べ、魚を釣り、山菜を摘み、日本人はずっと、自然の恵みをダイレクトにいただいていた。しかし、高度経済成長期の食生活の変化で、白米以外の穀物は「粗食」のイメージで遠ざけられ、雑穀の生産は衰退した。
 60年度に82%だった日本の食糧自給率は07年度には40%となり、主要先進国で最低レベル。輸入がすべてストップした場合、100人中60人が食べられなくなる。
 それなのに日本では毎日、たくさんの食べ物が捨てられる。相次ぐ食料偽装事件の背景には、消費者の食べ物に対する知識のなさがある。
 01年の『九州農業白書』によると、小学3年生までの子どもの半分以上が、レタスとハクサイの区別がついていない。子どもが野菜を知らないのは、親が知らないからだ。
 岩村暢子(のぶこ)著『変わる家族、変わる食卓』では、朝食はお菓子、昼食はコンビニ弁当にする幼児と母などが報告されている。
 一人ひとりの食事への姿勢がもたらした事態は、食糧自給率や食卓の変化を振り返ると、重大だったと言える。
posted by 正翁寺 at 21:21| 日記

2010年03月27日

禅の友4月号

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・花まつり特集「天地を指さす釈尊と慈しみの心」
 山本元龍(P,8)
 降誕会(ごうたんえ=花まつり)のたびに取り上げられる「天の上にも下にも、我ひとり尊し」というフレーズがある。
 「自分より愛しきものなし」という考え方は、「自分さえ良ければ」という考えにもつながりかねない。
 しかし、釈尊(しゃくそん=お釈迦さま)の教えには続きがある。「自分より愛しいものがないように、他人にとっても、それぞれの自己は愛しい。だから自らの愛しさを知るものは、他人を害してはならない。」
 かつて私はあるご婦人に、「ご自分にとって最も愛しいものは何ですか」と質問したことがある。そのご婦人は笑みをうかべながら「我が子だね」と答えた。私はすぐさま「ご自身よりも?」と重ねて問うと、ご婦人は満面の笑みで「もちろんですとも」とおっしゃった。
 私たちは自分と同じように、いや、それ以上に相手を思いやり、尊び敬い、愛することができるのだ。この慈しみの心を誰と誰にではなく、上にも下にも、また四方にも、すべての人にそそぎなさい。釈尊はそうお示しになった。
 4月8日の降誕会、それは赤子姿の釈尊を通して、私たち一人ひとりがみな釈尊と同じく愛しく尊い存在であることに気づき、同時に他の人々とともに生きる喜びを新たにする日なのである。

・地球談話「英国女性の日本探検」石弘之(P,16)
 明治11(1878)年、ひとりの英国女性が船上から眺めた富士山の美しさに見とれながら横浜港に到着した。紀行作家のイサベラ・バード47歳だった。
 山形県の米沢を気に入り「米沢の平野は申し分のないエデンの園で、アルカディア(理想郷)です」と最大級のほめ言葉で絶賛している。
 「勤勉で、素朴で、礼儀正しい日本人」を西洋文明と同格に評価し、「ほとんど外国人の訪れない地方を1200マイル(約2000キロ)旅しても、無礼な扱いや強奪行為にはただの一度も遭わなかった」ことを誇らしげに語る。
 明治新政府による同化政策が進められていたアイヌ村は「家屋の外がきわめて清潔なことに、私はとても驚きました。ごみやがらくたは見あたりません。汚い水たまりも汚物の山もなく、家屋はどれもきちんとして手入れが行き届いています。」
 「彼らはキリストの再来のように美しい。何も知らず、何も恐れず、ただ神のみを恐れる」こうした彼女の紀行は、その後の欧米の日本理解に大きな影響を与えた。

・「今、日本の森林は」青木千恵(P,22)
 日本は国土の3分のに2を森林が占める森林大国だが、今は大勢が都市部に暮らし、人と森とが接する機会が減った。
 植物は太陽光で光合成を行い、大気中の二酸化炭素(CO2)と根から吸った水で有機物を合成し、酸素をはき出す。
 動物は、植物の作ったものを直接、間接的に食べる。森林では、鳥や虫、草食・肉食動物の排泄物や死骸は土壌に還り、土壌微生物などによって分解されて、植物の根に吸収される。
 土壌も含めて循環しているサイクルを「森林生態系」といい、文字通り共生して生態系は維持されてきた。
 肉も魚も草も何でも食べて食物連鎖の頂点にいる人間は、ほかの生き物よりも賢いのだろうか?ほかの生き物が当たり前に営んでいる生命のつながりを、人間だけがなかなか分からない。
 そうした人間たちの活動の結果、森林をはじめ、今、自然環境は危うくなっているのだ。そのツケはやがて人間に回ってくる。万物はつながっているのだから。草木が芽吹くこの季節は、無償で与えられた自然の恩恵を人間が感じる絶好の時期だと思う。
 
 
posted by 正翁寺 at 10:15| 日記

2010年02月27日

禅の友3月号

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・「人生の師」 橋本聖子(P,2)
 長年スポーツをやっていたので、感謝している恩人は少なくありません。しかし、生涯を通じての師は祖父一人です。
 大正9年、北海道に開拓に入った祖父の口癖は「100年先を考えて開拓に入れ」というもので、春秋時代の中国の政治家、管子(かんし)は「100年先を楽しむには人を育てよ」という言葉を残している。
 祖父は土を育て牧場を作っただけではなく、開拓事業を通じその生き方を以って子を教え、育てました。100年先に夢を馳せた祖父の開拓精神は、今も私の胸に生きています。

・お彼岸特集〜「あの世はあるのか」 阿部光裕(P,4)
 この季節になると、福島県では融け出した雪の合間から土に還り始めた落ち葉を見ることがあります。誰もが薄汚れたような色に見えるそれですが、本当は金色(こんじき)に輝いているのです。なぜなら大地に恵みを与えている姿そのものだからです。
 大地に帰っていく落ち葉にも、光を受けて青々と輝く時代があり、強風に身を引きちぎられそうな時もあり、錦の彩りを見せることもあれば、やがて冷たい風に宙を舞う姿があったのです。
 同じように人も生きて、そして死んでなお、金色に輝くものだと信じたいのです。

・地球談話〜「環境を語ろう」 持丸真理(P,16)
 大学で自然環境の講義を10年近くしている教授の話。
 現代社会には、残念なことに数多くの環境問題があります。すべての問題に共通するのは、「人間の行いが、どこかで自然の営みからはみ出してしまっている」ということです。
 環境問題を考える出発点になるのは、自然の一員としての自覚や感覚を持つことである。

・よく生きるための「眠り」 青木千恵(P,22)
 国際化、情報のリアルタイム化などにあわせて「24時間社会」が進み、ライフスタイルは多様化した。そして、日本人の平均睡眠時間は、平均7時間42分で過去20年間減り続けている。
 寝不足が続くと、作業能率や注意力、記憶力が低下したり、抑うつ、免疫システムが弱くなる。さらに肥満になりやすく、不眠症では糖尿病リスクが1.5倍になるなど、生活習慣病と睡眠不足とは深い関わりがある。
 また、夜10時以降に就寝する5〜6歳児は1980年に10%だったが、90年は17%、2000年は40%に増え、平日にゲームをする時間が長い子供ほど、夜更かしをする。

・平和の扉を開いて〜「密約」 いちだまり(P,24)
 私が生まれるずっと前から、この国では核を作らないし、持たないし、持ち込ませることもしませんよ、というのが国定です。
 ところがこの「持ち込ませません」の部分を日米両政府が黙認しましょうという密約をしていたという。
 政治家たちが誓ってきた「非核三原則」は、私たち国民と国際社会への約束です。一つとして譲れない被爆国の矜持(きょうじ)・哲学です。広島・長崎についで日本の漁船が被ばくした3月に、この意味を深く心に刻み約束を守らせたいものです。

posted by 正翁寺 at 18:44| 日記

2010年01月30日

禅の友2月号

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・こころに仏がいます〜ストップ・ザ・自死(P,4)
 現在日本では11年連続3万人を越える自死者を数える。その中で子供においては昨年過去最高と報道され、まさに心の乱世といえます。
 私たちが今ここに存在するには、すでに数々の過大な「お陰さま」の恩恵を受けている。ご先祖の恩恵、大自然大宇宙の恩恵。お釈迦さまは、諸行は無常(諸々の出来事は、常ではない)。現状は苦しくとも全ては川のように流れていくと、また執着こそが私たちの苦しみの根源だとおっしゃいました。
 『魚は水中に在(あ)りて水を知らず、人は妙法のうちに在りて妙法を知らず』

・修行と雑事(P,13)
 『もし道心なければ、徒(いたずら)に辛苦(しんく)に労して畢竟益(ひっきょうえき)なし』
 これは道元禅師の教えで、「もしそこに道を求める心がなければ、無駄に辛い苦労を重ねるだけで結局何も得るものはない」修行においても、仕事においても、料理においても、そこに道を求める心があるか否かで、実りのある「修行」にもなるし、無駄な苦労の「雑事」にもなる。

・旅の道づれ(P,16)
 ホテルに着くとこれも料金の内と、部屋中の明かりを全灯にし、バスタブにお湯を張り、テレビをつけっ放しで入浴、ふんだんにバスタブの湯をこぼし、あらゆる備品の試し使い、そして室内の照明・空調をそのままに外出。自宅ではやらぬ「これこそ贅沢」。
 ところが4年ほど前から、歯磨きセット・カミソリ・石けん等々を、リサイクルして作られたポーチに入れて旅の道づれとしている。この環境に対する目線の高さこそが「これこそ贅沢」と気づかせてくれる。
posted by 正翁寺 at 11:14| 日記

2010年01月04日

禅の友1月号

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・愛語は愛心なり(P,4)
 お互いを信頼して愛語を交わせば、和楽安穏の世界が実現する。愛語とは、母親がわが子をいつくしみ育てゆく深い愛情のこもった言葉のことである。

・年頭にあたり(P,7)
 現実の生活がだらしなく、自分勝手なことばかりして一年の目標だけ高く掲げても実現は無理です。日常の生活をきちんと規律をもって営むうちに、その人の心身全体が調(ととの)えられ、同時に周囲にもよい影響を及ぼし、自然とその人は多くの信頼を集めるようにもなります。

・古教に心を照らす(P,10)
 毎日忙しくコマのように走り回り、春の田に鳴く蛙のように、自分を主張するばかりで聞く耳をもたず、心は風前の灯のように消えかけ、ストレスばかりがたまり、体と言葉と心がばらばらな状態で生活していては、真理を見つけることは到底できない。
 年頭にあたって、古(いにしえ)より伝えられた言葉を静かに思い、清浄なる教典や語録を開き、心静かに己を見つめる時間をもってはいかがでしょうか。

・昔がたり〜日本の環境(P,16)
 日本がかつてどれだけ美しい自然と環境に恵まれていたのか。外国人の目からみた日本が紹介されている。
 1877年(明治10年)、大森貝塚を発見したことで知られる、米国人動物学者エドワード・S・モースの滞在日記『日本その日その日』では、当時の日本の姿をこう伝えている。
 「我が国(米国)では、下水が入り江や湾に流れ入り、水を不潔にして水生物を殺す。そして腐敗と汚物とから生ずる臭気は鼻持ちならない。日本ではこれを大切に保存し、土壌を富ます役に立てている。」

・親と子のつながり(P,26)
 不登校のお子さんを持つお母さんは、勉強が遅れると大変とばかり何とか登校させようと躍起になる。勉強のことでつまずいた子供に対して、勉強のために行けということは、拷問以外のなにものでもないかもしれない。
 勉強からのとらわれから解放されれば、子供の心が見えて、子供を追いつめている自分にはっと気づいて、子供にも自分自身にもおおらかさが戻ってくるように思われる。


posted by 正翁寺 at 14:15| 日記

2009年12月01日

禅の友12月号

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・成道会(P,4)
 お釈迦様のお悟りと真理が分かりやすく書かれている。
 2500年前と文明は違えど、人間の煩悩や苦悩は大して違いません。皆さんで読みましょう。

・時代を超え釈尊の心を生きる(P,8)
 「10年前に戻れたら、人生やり直しができるのに」とよくこう思うことはないでしょうか。しかし、今から10年後も「もし10年前に戻れたら…」ときっと思うはず。今がその10年前なのです。
 一瞬一瞬が一日一日となり、それが重なり一年となる。1ページの道元禅師の言葉と重なる。

・生かせばいのち(P,13)
 筆者の永平寺での修行時代の話がおもしろおかしく書かれている。
 大量生産・大量廃棄の現代日本だからこそ、「捨てれば生ゴミ、生かせばいのち」ということばが心に響く。

・三メートルの希望(P,24)
 終戦から数ヶ月後、アメリカ軍は広島・長崎の原爆被害を調査・記録し、八万五千フィート余もの映像が保管され眠っていた。(フィートは映画の長さを示す単位)
 そこで、一口10フィート分ずつ市民が基金を寄せて映像を入手し、上映しようと呼びかけられたのが、10フィート運動である。
 そして世界中で上映され、圧倒的に多い感想は、「核に守られた安心よりも、核兵器のない世界を望む声である」。

・自殺問題に向き合う(P,26)
 手紙相談を通じて読んでいると、必ずしも経済的な問題ばかりではなく、日常にある「生きにくさ」「息苦しさ」のようなものが伝わってくる。
 「苦しみ」「悲しみ」「弱さ」といった人間として当たり前の気持ちを、あってはならないものとして抑え込んでいる現代社会の「弱音を吐けない風潮」の中から感じるものではないか。
 私たちの日常の中から「安心して悩める関係」を築いていきたいものである。
posted by 正翁寺 at 12:06| 日記

2009年11月07日

禅の友11月号

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・ゲーム脳(P,2) 
 7年ほど前に、ある脳生物学者が社会に紹介した言葉で、テレビゲームをやり過ぎると大脳の前頭前野の機能が極端に低下し、無気力・もの忘れが激しい・キれやすいという傾向が見られることも報告されている。この状態を「ゲーム脳」と名付けられた。

・田んぼから瑞穂の国の自然再生ができる(P,8)
 収穫期から種植えまでの間、乾田化していた田んぼに水を張ったら、意外と簡単に生き物いっぱいの田んぼになった。
 生き物調査をして分かったことは、絶滅危惧種は、メダカやトキではなく、生きる環境を取り戻してくれる農家であるということだった。

・つらなった沢庵(たくあん)(P,13)
 地位や名誉といった「名聞利養(みょうもんりよう)」に心奪われてしまった筆者のおもしろ体験談。

・勤労を「感謝しあう」はずなのに(P,22)
 90年代初め、多くの専門家が派遣業務の規制緩和により、市場競争で産業が活性化し、雇用は拡大すると考えられていた。予測と違ったのは「利益追求→産業の活性化→幸福」と考えられたこと。
 大切なのは、「利益」よりも「正しさ」、「競走」よりも「助け合い」である。

・在庫一掃。大掃除(P,24)
 いま平和市長会議から「ヒロシマナガサキ議定書」が提起されています。この合意とスタートは2015年までに、そして2020年にはこの地上から核兵器を全くなくしてしまうという提案である。
posted by 正翁寺 at 16:24| 日記

2009年10月05日

禅の友10月号

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慎独(しんどく)=独りを慎む(P,2)
 昨今は人が見ていなければ、分からなければ何をやってもいいといった、恥知らずな行為が横行している。
 自分一人になった時の身の処し方、立ち振る舞いにその人の品格が現れてくる。

土を耕す(P,16)
 土を耕すことは、食べること、生きることに繋がり、自他の命を耕すことに通ずる。自然界の循環の中に生かされていることを知る時、人は自然の恵みや命の尊さに畏敬の念を抱くことができる。
 農業が過酷な作業の連続であることは確かだが、それが元で自殺したという話はあまり耳にしたことがない。

健康ブームに気をつける(P,22)
 健康が目的となって沢山の情報に振り回されると、かえって心の健康に良くない。
 20年前からスポーツジムに通う女性の筆者は、家・職場・ジムなどをあちこち動き回るが、全体の行動を統一させているのは、自分自身の心であるという。
 健康に対する情報に振り回されていては、「健康不安」がより進むだけである。

ダブルバインド〜顔で笑って心で泣いて(P,26)
 子は親と接する時、「ことば」と表情や仕草の「ことばでないことば」の二つを感じ取る。
 物わかりの良い、叱らない「良き親」を演じようとすると、言葉と感情が一致しない、矛盾するメッセージを子に送ることになり、それを受け止める子は混乱して不安定になりやすいと言われている。

夏休み(P,28)
 身内の死や仕事のハードさなどから自分をコントロールできなくなっていた31歳女性の話。
 苦しい悲しい出来事が多かった時期に永平寺に行き、永平寺の空間や大自然を感じた時、自身の心と体がとても軽く穏やかになり、またこれからも歩み始めようと決心することができた。
posted by 正翁寺 at 13:21| 日記

2009年09月06日

禅の友9月号

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・海賊、戦争、日本(P,2)
 海賊退治、鬼退治、様々な「退治」があるが、私たちが知っておいた方がいいのは、「退治」する相手は私たち自身が生み出した可能性が高いということ。北朝鮮も同じである。
 正義の味方顔をする前に、原因についてよく考えるべきだ。

・国語力が「彼岸」を理解する(P,4)
 仏教についてわかりやすく書かれている。老若男女、国内外問わず、皆さんで読みましょう。

・頓知(とんち)(P,21)
 一休さんのように頭の回転が速い人を「頓機(とんき)」と言い、にぶい人を「漸機(ぜんき)」と言う。「頓機」と「漸機」どちらがいいのでしょうか?
 仏教ではこの質問自体が間違っています。これを比べる必要もないのです。なぜなら、皆同じ仏道を歩んでいるのですから。

・気持ちの受け皿(P,26)
 筆者と最初の対面で青年が言った言葉が「こんな社会にした総理大臣を殺してやりたい」だった。
 悩みやコンプレックス、淋しさから暴力をふるうように変わってしまった青年は、筆者(住職)に思いを話し、新たな目標に歩み出した。
 皆さんには、自身の気持ちを受け止めてくれる受け皿はありますか。

・坐禅をはじめて(P,28)
 生存競争の激しい社会の中、「俺が俺が」と他人を踏み台にして、自分が生きることしか考えない時代もあった。そんな筆者が、今では月に1度の坐禅を楽しみに通っている。
 回を重ねるごとに、浮かんだ考えを深追いしなくなってきた。

 
posted by 正翁寺 at 09:56| 日記

2009年08月10日

禅の友8月号

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・母恋いの物語(P,4)
 戦後教育で男も女も平等であるとされ、父も母も平準化しようとする動きも生まれた。
 そういう考え方はもちろん間違っているわけではないが、母恋いの心情を含む母の役割は、日本の歴史、精神史にとって、きわめて大切なものだったのではないか。

・おくり火(P,8)
 家族でおじいちゃんをお墓に送りに行く様子が書かれている。わかりやすく書かれているので、子供たちに読ませてやりましょう。

・核のない世界をめざすことば(P,24)
 核兵器を外交交渉のカードとし、強がるなんて時代遅れだし、誰も評価しないのが国際世論。
 核のない世界を実現するには試練が山積みし、時間もかかる。それでも私たち一人一人が「核のない世界」は可能だという世論の作り手になっていくことが、ヒロシマ・ナガサキを再び繰り返させないことではないか。

・仏心に生きる女の子(P,28)
 菩提寺の東堂さま(とうどう:住職を退いた後の呼び方)に孫を命名してもらった女の子の話。
 現在18歳で一番難しい年頃ですが、仏さまに常に感謝し、辛い時も嬉しい時も苦しい時も仏前に気が済むまで坐り、お経を唱え気を静めている。

 
posted by 正翁寺 at 18:36| 日記

2009年07月04日

禅の友7月号

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・瑩山禅師(けいざんぜんじ)の言葉(P,1)
 煩悩の中に「無明」(むみょう)というものがある。無明とは、「自分の存在のありようを分かっていない」という煩悩である。無明を断とうというのなら、坐禅するのが最上の道であるという、大本山總持寺を開かれた瑩山禅師のことば。

・聞思修の慧(もんししゅのえ)(P,2)
 地球の各地で水不足や異常気象、国と国との紛争がたえない。「ポイント・オブ・ノーリターン」(帰還不能点)、どう対策をとっても引き返すことができない点まであと10年と警告されている。
 21世紀の地球の課題は、情報に流されず、自分で調べ学び考え、勇気を持って実行し、変革していかねばならない。

・初盆の手紙(P,4)
 仏教や人情とのふれあいがあまりなく、初盆の里帰りの費用やお葬式の費用ばかりに気をとられていた20代の女性が、仏教や人情に触れて、次第に変わっていく様子が書かれている。

・むかえ火(P,8)
 お盆の入りに、家族でお墓におじいちゃんを迎えに行く様子が書かれている。難しい字や表現がないので、子供達にも読ませてやりましょう。

・お盆の意味と飾り方の一例(P,10)
 地域や各家により様々ですので、その家の先祖に習った供え方で結構です。

・鐘や太鼓の音とともに(P,13)
 筆者の修行中の話が分かりやすく書かれている。今回はお寺でよく耳にする鐘や太鼓について。
 修行道場の行事は全て鳴らし物によって行われる。朝のおつとめはもちろん、ご飯をいただく時も、掃除をする時も、なんと寝る時も、鐘や太鼓などを鳴らします。

・自分史(P,16)
 自分史を作るにあたり、過去の自分を並べることで、様々な縁起の中に生かされている自分を知った。

・坊主〜BONZE〜(P,21)
 日本語になった外来語はたくさんあるが、逆に日本語が外国語となっている場合もある。「坊主」ということばが、ポルトガル語の中でも使われている。

・愛と平和の類人猿(P,24)
 男の子二人の小競り合いに仲裁に入ったのは、何とそれより少し年上の女の子。そして筆者はその三人の子供達をいっぺんに抱きしめる。握手や抱擁が興奮した感情を鎮め、和解や許しにつながることが分かる。

・母の形見(P,29)
 亡き母からもらった数々の球根が、花を咲かせ実をつけ子孫を残す。この命のバトンこそが、無限に続く自然界そのものではないか。


posted by 正翁寺 at 12:14| 日記

2009年05月31日

禅の友6月号

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・土を取り戻したい(P,2)
 秋田の米農家の方や静岡の茶農家の方との出会い、そしてこの50年間の農業が書かれた本を通じて、国策による環境破壊により、日本の土が壊されていることを知ったという話。

・心のキャッチボール(P,4)
 全国刑務所内に流れるラジオ番組のディスクジョッキー(DJ)を勤める教誨師(きょうかいし)をされてる富山のご住職の話。「人生やり直しはできないが、見直し、出直しは必ずできる。」

・幼稚園園長 小笹サキ(P,8)
 60年の長きにわたり大勢の園児たちを送り出してきた101歳を迎えた園長先生の話。

・老いも若きも(P,16)
 舞台デビューをしてしまった秋田の住職の話。舞台の内容は、認知症の高齢者と引きこもりの若者の物語。最後に、高齢者でも若者でも心の病に必要なのは、やはり「人」である。と締めくくっている。

・「日本語」の大切さとは(P,22)
 小学校5,6年生で英語活動が必修化されることとなった。これに対して賛否両論がわき上がった。英語よりむしろ、日本語をしっかり教えるべきではないか。他者との対話力を身に着けるには、太宰治の表現のような優れた文章をたくさん読み、豊富な語彙(ごい)を吸収していくべきだという書評家の女性の話。



posted by 正翁寺 at 18:55| 日記

2009年05月05日

禅の友5月号

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・特集「自己評価」(P,8)
 「やってもできない」と思っていることに挑戦して、できることはほとんどありません。まずは「何としてでもやてみせる」という強い意志を持たなくては、できないことが多い。最も重要なことは「自己肯定感」だと書かれている。
 子供の頃、ひ弱で内気でいじめの標的にされた高校教論の話。

・「手を動かして老化を防ぐ」(P,16)
 脳と手の動きには密接な関係があるので、日常生活の中で「箸さばき」をしっかりし、手をいつでも動かすように心がけることが良いという、オパール・ネットワーク代表の話。

・映画「禅ZEN」を心に刻む(P,29)
 中村勘太郎が演じた道元禅師(どうげんぜんじ)が死の直前にした坐禅の場面では、感動し知らずに涙がこみ上げた。自分が、道元禅師が辛苦の末生涯をかけ築き上げた曹洞宗の一信徒であることを誇りに思うという、70歳女性の話。


posted by 正翁寺 at 08:56| 日記

2009年04月04日

禅の友4月号

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・特集「感性が磨かれる花祭り」(P,8)
 子供との接し方について書かれている。
 最近の子供達はゲームばかりしていて、生き生きとした表情がないといわれているが、むしろ変わったのは子供を取り巻く
人間の関わり方ではないか。
 子供のために時間をさくことを面倒くさがらず、子供への働きかけによって、見たもの触れたものを味わう楽しみを共有することで、子供達の感受性が磨かれるという話。
 
posted by 正翁寺 at 10:23| 日記

2009年02月26日

禅の友3月号

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・特集「春彼岸会に思う〜梵鐘が兵器にされた時代」(P,4)
  全国のお寺の9割以上の梵鐘(かね)が戦争兵器の原料となった66年前の話。

・特集「彼岸の民俗」(P,8)
  お彼岸の意味と由来について。現代の人々も昔の人々もどこの国の人々も、幸せを願っています。日本のお彼岸では、「先祖供養」だけでなく、「豊作祈願」や「太陽信仰」もあります。

・「生きる力」(P,16)
  事業で億単位の負債を抱えた上に、母親と奥さまを亡くされた心労と悲しみで、自殺しようと思った精神状態から脱したのは、「般若心経」(「はんにゃしんぎょう」というお経)のおかげであった。

・「ビキニに着替える前に…」(P,24)

  広島型原爆のなんと1000倍だったといわれる、アメリカが行った「太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁の水爆実験」が、人体はもちろんあらゆる環境に悪影響を及ぼしました。
posted by 正翁寺 at 01:37| Comment(34) | TrackBack(0) | 日記