2016年01月01日

日本を楽しい国にしよう。明るい国にしよう。


 念ずれば花ひらくで知られている坂村真民(さかむらしんみん)さんの「一日一言」より一部を抜粋したものですが、すべてを掲載するとこのようになります。

    〜願い〜
  日本を
  楽しい国にしよう
  明るい国にしよう
  国は小さいけれど
  住みよい国にしよう
  日本に生まれてきてよかったと
  言えるような
  国造りをしよう
  これが二十一世紀の日本への
  わたしの願いだ

 楽しい国、明るい国、生まれてきてよかったと言える国造り。真民さんの素晴らしい願いです。
 では、そのような素晴らしい国造りをするには、もっと街中キラキラして明るく、もっと勉強や仕事を減らして楽しくすればいいではないか。と思う方もいるかもしれません。

 ところで、ものごとの感じ方、とらえ方って人によって違いますね。2500年前にお釈迦さまは、あらゆるものごとは、「心」に基づいていて、「心」を通して、楽しいとか苦しいとか感じるから、感じる基となる「心」をととのえていきましょうと説かれました。

 きゃりーぱみゅぱみゅさんの「つけまつける」という歌の中に、「同じ空がどう見えるかは、心の角度次第だから」とありますが、全く同じです。

 私たちは、同じものでも楽しく感じたり、不満に感じたりするのは、「心」に基(もと)づいています。キラキラした街を造っていくことも楽しいけれども、仏教では、楽しいと感じる「心」をつくっていきます。

 では、心をととのえるにはどうすればいいのでしょうか。アプローチは沢山ありますが、生活習慣をととのえることが前提となるでしょう。そして一つには坐禅の呼吸です。私たちは、血液の流れや心臓の動きをコントロールすることはできませんが、呼吸はコントロールすることができます。あごを引いて、肩を開いて姿勢をととのえ、へそ下を感じながらゆっくりと息の出し入れを繰り返します。

 1月3日の読売新聞によると、今から三百年ほど前の平均寿命は、なんと現代の半分以下。さらに三分の一の子どもが5歳未満でなくなっていたそうです。そして現代は、電気や交通など多くの発明のおかげで、日本や米国では当たり前のように暖房やエアコンを使っている。そして夜でも読書ができ、水をくむために遠くに行く必要もなく、衛生環境も向上し、健康な生活を送ることができる。 

 生活環境世界トップレベルの日本には、あと何が必要でしょうか。宇宙進出でしょうか。それともスマートフォンのさらなる進化でしょうか。それは、自分の心をととのえることです。

 心がととのってくると、今まで気づかなかったことに感謝できたり、利他的な心が磨き現れてきます。そしていつしか利己的な自分にさよならができることでしょう。 

 楽しい国だなあ、明るい国だなあ、生まれてきてよかったなあと言えるような自分造りを一緒にしていきましょう。
 皆さまが、善きご縁にたくさん出会えることを、心より祈念申し上げます。  合掌

posted by 正翁寺 at 17:45| 日記

2015年12月19日

煤(すす)はきて 心の煤は かえり見ず


 この句は、松尾芭蕉門下の俳人・越智越人(おちえつじん)が七十五歳を迎えた新年の作で、前夜の除夜の感想を吟(ぎん)じた句です。

 歳(とし)の瀬にあたり家の内外の清掃は隈(くま)なくきれいにしたが、いちばん肝心な心の煤はらいを怠って正月を迎えた実感を吟じたものです。だれしも共感を覚えましょう。

 台所は煤(すす)けなくなっても、心の煤のたまることは昔も今も変わりません。むしろ昔より今の方が、心の煤の質は多様になり、量も多くなったのではないでしょうか。暮の大掃除をしながら、この句を杖言葉にする必要があります。
(『松原泰道 きょうの杖言葉 一日一言』より抜粋)



 
posted by 正翁寺 at 09:01| 日記

2015年10月26日

世界平和への第一歩は、 先(ま)ず自分の心を平和にすること

 平和を実現しようとして苦労しても、自分自身の心に余裕がなかったり、いらいらして怒りに満ちていたら、自分自身が平和とはいえない。

 また、平和を実現するために、他者を批判したら、自分自身の心は怒りに満ちてしまい、他人にも自分にも平和はやって来ない。

 まず自分自身の心を平和にしていくことで、家族の平和へと広がり

 平和な家庭環境の基礎があって、会社や学校、そして地域の平和へと広がり

 地域の平和と安定が、日本の平和、被災地の復興、安定した経済が現れてくるものと考えます。そして、平和で安定した国が多く出現することが、世界の平和へとつながっていきます。

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 世界平和への第一歩は、先(ま)ず自分の心を、平和にしていくことです。

posted by 正翁寺 at 15:59| 日記

2015年10月10日

ご開山韓嶺良雄大和尚記念報恩祭り


正翁寺ご開山(ごかいさん=初代の住職)韓嶺良雄大和尚(かんれいりょうゆうだいおしょう)の400回忌を記念しまして、報恩祭りを開催します。

・日時:10月25日(日)12時開場、飲食店開始
               13時開演
               16時終了予定

   ☆詳細はこちらをご覧下さい。

※なお、報恩祭りの際は、駐車場がご利用になれません。別途駐車場をご利用いただくか、公共の交通機関をご利用下さい。

posted by 正翁寺 at 22:28| 日記

2015年08月21日

ひとの生を うるはかたく やがて死すべきものの いま生命(いのち)あるは有難し(ありがたし)


 ひとの生を うるはかたく
 やがて死すべきものの
 いま生命(いのち)あるはありがたし
 正法(みのり)を 耳にするはかたく
 諸仏(みほとけ)の 世に出づるも ありがたし
       (『法句経(ほっくきょう)』182番)

 
 
 

 2500年前、お釈迦さまは「ものはみな縁起している」と悟られました。何の原因も条件もなく、突然に出現したものはありません。

 例えば、ひまわりの花は、無条件では咲きません。種に土や水、太陽の光、あるいは人の愛情などが加わることによって、芽を出し花を咲かせる。

 また、何もない青空に、様々な気象条件が加わることによって、雨雲となり、雨を降らせる。山に降りそそいだ雨は、低い方へ流れ集まって川となる。そして川の水を引いて作物を育て、やがて収穫し、流通し、購入し、調理されて、私の口に入る。そして命をつないでいく。

 そして、命と命が出会い、新たな生命が生まれる。 

 私一人を生かしている背景に、木一本育てる背景に、全地球、全宇宙のはたらきがある。その生命の尊さに目覚めよ、というのが縁起の教えです。この世のすべてのものは、支え合い、依存し合って、助け合っています。

 その尊さを教えて下さる教えに出会わなければ、私たちは気づくことはできない。ありのままの真っすぐな教え(=正法)を耳にすることは有り難く、希(ま)れであります。

     (参考:『みちしるべ〜正見〜』青山俊董)


 
posted by 正翁寺 at 10:46| 日記

2015年07月10日

先祖が生まれたことで、私が生まれる。先祖が生まれなければ、私はいない。

 皆さま、お釈迦さまは何を悟られたのか知っていますか?それは、こういうことです。

 『これがあると、かれがあり、
  これが生まれることで、かれが生まれる。
  これがなければ、かれがなく、
  これが滅びることで、かれが滅びる。』

 こういうことです。
 抽象的でなにを言っているのかさっぱり分からないことでしょう。

 そこで、「これ」や「かれ」を別の言葉に置き換えてみましょう。

 「日本の警察や消防があることで、安全が生まれている。」

 ふむふむなるほど。ところで皆さん、日本は国土の約7割が森林であることを知っていますか。日本の森林保有率は、熱帯雨林を除くと世界でも五本の指に入るほど高い。つまり日本は奇蹟の自然王国なんです。このように豊かな森林が生い茂っているのは、なんと日本から5000qも離れたヒマラヤ山脈に原因があるのです。

 ヒマラヤ山脈に当たった偏西風は北と南に分かれます。南にそれた風は、インド洋や太平洋の湿った空気と混ざり合って、日本の近海で、北にそれた風と再びぶつかります。その時、梅雨前線が発生して、長雨を降らせます。そうやって日本の豊かな森林の形成に、ヒマラヤ山脈が大きく影響しているのです。

 「ヒマラヤ山脈があることで、梅雨前線が生まれ、
  梅雨(つゆ)があることで、日本の森林が生まれる。
  そして日本の森林があることで〇〇が生まれる。」

 と、このように置き換えられます。
 雨が続くことを皆さん嫌がりますが、梅雨前線は日本に大きな恵みを与えているんですね。

 また、ほかにも様々なものに置き換えられます。

 「学校があることで、私は読んだり書いたりしている。」
 シャンティ国際ボランティア会の報告によると、会が支援している中東アフガニスタンの小学生就学率は55%だそうです。十分な教育が受けられなかった子は、文字の読み書きができません。字が読めないので、食事や医療の情報が充分に得られなく、栄養失調や感染症になって命を落とすこともめずらしくないそうです。
 一日三回食後に3錠服用ということばの意味を理解できるのも、平和に学校へ通えたことで身についているといえます。

 
 『先祖が生まれたことで、父母が生まれ、
  父母が生まれたことで、私が生まれる。
  そしてあなたと私が生まれなければ、この子はいない。』

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 あらゆるものは、種々の「因(=原因)」と「縁(=条件)」が複合し、融合し、そしてみな依存して誕生し、生存し、流転(るてん)し、生滅し、そして空(くう)に帰す。
 そしてまた、空(くう)から何かの「因(=原因)」と「縁(=条件)」が和合(わごう)して形あるものが誕生し、生存し、流転し、生滅し、そして空(くう)に帰す。この繰り返しが世間(=私たちが住む世界)である。
 お釈迦さまは、これを「ものはみな縁起(縁滅)している」と悟られたのです。

 さあ皆さん、お盆中はご先祖をお迎えし、語らい、感謝のもてなしをしましょう。 

 (参考:『仏典のことば』 田上太秀著
      『日本列島 奇蹟の大自然』NHKスペシャル)




posted by 正翁寺 at 13:38| 日記

2015年06月04日

日日是好日(にちにちこれこうにち)

 私たちは、大きな力によって支えられています。
 
 

「私は見た。」と、人は言いますが、今見えているものは、真っ暗な闇の中では見えません。この光は、この明るさは、誰が作ってくれたものでしょうか。
 今吸っている空気は、誰の力によって作られているのでしょうか。
 朝、顔を洗った水はどうでしょう。

 一粒のお米が口の中に入るまでに、どれだけの手数がかかっているのでしょうか。排便した後の水は、どのような経緯で、きれいに川に流されているでしょうか。いつも安全に歩いている道路は、いつ誰がどのように作ってくれたのでしょうか。

 一つの結果には、様々な原因や条件が集まって成り立っています。果実という言葉は、結果が実ると書く通り、みかんが一つ実るにも、太陽や雨の恵みであったり、人の手数であったり、様々な原因や条件が集まって出来上がります。

 では自分自身の命はどうでしょうか。過去からの命のリレーがつながって、おなかを痛めて生まれ、様々な支えによって食べ物を食べさせてもらって、夏や冬を越して、言葉を覚えたり、足し算ができるようになったりして、そして今日も様々な大きな力によって生かされています。

 私たちは、様々な人、色々なものに、生かされています。その大きな力のおかげさまに感謝をして、一日を過ごしましょう。 

 毎日を好日にするかは、自分自身の心で決まります。


posted by 正翁寺 at 18:02| 日記

2015年05月05日

本当の幸せは、 「今、生きている」 という事。

 この言葉は、小学6年の時に骨肉種が見つかり既に肺にも転移、医師から『余命半年』と宣告された13歳の少女、猿渡瞳(さるわたりひとみ)さん(福岡県大牟田市)が作文発表したものです。http://hitomi-message.com/about.html

福岡県大牟田市の解説http://www.city.omuta.lg.jp/hpKiji/pub/detail.aspx?c_id=5&id=710&class_set_id=1&class_id=374

本当の幸せは、
「今、生きている」
という事。

毎朝この言葉を声に出して、限られた一日、そして限りある一生を悔いなく過ごしましょう。

posted by 正翁寺 at 20:26| 日記

2015年03月08日

禅の友3月号 (来月からリニューアル致します)

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「表紙のことば」たまちゃん
 変わらない景色。山や川、草や花。
 同じように見えている花も去年とは違う花。
 この一輪の命が精一杯生きるように、
 私たちも全力で生きていきたい。
 宇宙の大きな視野を考えると、
 花も私も生きることに大差はないのだから。

「是」酒井大岳(P,30)
 「ぜ」と読みます。「正しい!そのとおり!」と相手をたたえる時に言います。
 師の問いに弟子が答え、その答えが禅の道に適(かな)っている時、師は「是!」と言うのです。
 あるお坊さんと桜の花の散るのを見ていました。わたしが「いさぎよく散りますねえ」と言ったら、そのお坊さんが「雅(みやび)ですね」と応(こた)えたのです。
 これには意味があります。桜はちる、うめはこぼれる、牡丹(ぼたん)はくずれる、椿はおちる、これは「雅のことば」と言い、平安時代の女流歌人たちが大切にしていた表現上の心得なのです。
 そのお坊さんはこのことを知っていたので「雅ですね」と言われたのです。わたしはすぐ「是!」と言い、二人は手を取り合って大きく笑いました。

「その命を思って」橋悦堂(P,10)
 
 四度目の三月十一日が来ます。

 仙台市葛岡墓園管理事務所の一室。
 そこには身元不明の方や引き取り人がいない方のご遺骨が今も安置されています。
 毎月その場所に、県内の宗教者が集まって東日本大震災の供養を行います。
 目の前にあるご遺骨は、今は亡きその方の生きてこられた刻(とき)を詰め込んでいる。
 人として生を得、己が人生を歩み、
 四苦八苦をその身に受け、
 震災という難に遭い、その生を全うし、
 姿を変え、ここに存在している。

 お位牌やお墓も遺骨と同じく、亡き人の人生を刻み、命を宿したものと感じられるから大切に扱われるのでしょう。
 ご遺骨やお位牌は先に行かれた方の命の尊さを教えると共に、今を生きる私たちの命もまた尊ぶべきものと教えてくれます。
posted by 正翁寺 at 14:47| 日記

2015年01月29日

禅の友2月号

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・「釈尊涅槃会(しゃくそんねはんえ)」大本山永平寺(P,30)
 二月十五日は涅槃会が行じられます。涅槃とは梵語(ぼんご=サンスクリット語)で「吹き消す」と訳され、煩悩(ぼんのう)の炎を吹き消し、一切の苦しみから解放された悟りの境地を指します。また生命の炎を消すことから死ぬこと、一般には釈尊の入滅(にゅうめつ)を意味するのです。

 
 おのれこそ、おのれのよるべ、おのれを措(お)きて誰によるべぞ、よくととのえし、おのれにこそ、まことえがたき、よるべをぞ獲(え)ん             (法句経(ほっくきょう))

 釈尊が入滅される間際、弟子に対して残された教えと伝わっています。自己を調えることの大切さを説かれたこの教えは、現在も永平寺の修行生活に息づいています。
posted by 正翁寺 at 11:41| 日記